wikiより抜粋「1992年に投身自殺した山田花子の自宅に弔問した時も、仏壇に向かって焼香する際に笑いを我慢することに耐えきれず、肩を震わせて嗚咽を漏らしていたという。(中略)1999年に逝去したビートたけしの母の葬儀に参列した時も笑顔で葬式を過ごし、北野家の遺族達を激怒させたと言う。交通事故死した自身のファンクラブ会長の遺体と霊安室で対面した際には、棺の中に自著『なんとなくピンピン』が収められているのを見て笑いが止まらなくなったという逸話がある。(中略)自身の母親の葬式でも終始笑顔で、親類にたしなめられたという。26年ぶりに再会した実兄も母親の葬式を笑顔で過ごし、葬儀終了後に2人でパチンコに出掛けようとしたという。」良くその風貌から「良い人」と思われるが彼の素性はこうらしい。ちなみに元妻が亡くなったときは涙したそうだが「寂しさのあまりマネージャーや周囲の女性に必死でアプローチをかけたが、すべて失敗したという。」というのも残念である。後「みうらじゅんは子供が生まれた日に偶然蛭子と競艇場で取材の仕事をしており、蛭子に子供が生まれたことを報告すると「奇形児ですか?」と聞き返され、さらに「赤ん坊は頭蓋骨がまだくっついてないから、親指を入れるとクーッと入るんですよ」と返答されたという。」や「3人の子をもつ父親であるが子供に余り興味がなく「子供は好きではない」「子供と二人きりになると気まずい」「子供の成長に興味がない」と公言しており、5人の孫を持つ祖父でもあるが「孫の名前が難しくて覚えられない」など、孫にもあまり興味がなかった」というエピソードも大概、人としておかしい。
■蛭子能収さん 「77歳の誕生日 ご先祖様へ感謝のお墓参り」 【喜寿】の近影を公開 2020年・認知症を公表
(TBS NEWS DIG - 10月22日 18:50)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=266&from=diary&id=8067158
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