ライブイベント開催の翌日、少々寝不足気味ながら起床は平日と同じ程度の時間、そして荷造りをして向かったのは浅草駅。
東武の特急リバティで会津観光の予定です。
東武経由の会津行は、震災が有った2011年5月以来です。
この時は福島の低山へ行ったのですが、例の事故で福島を悪く言う知人に反発したのがきっかけの一つでした。
やはり浅草から特急を利用しましたが、乗ったのはスペーシアの特急きぬであり、鬼怒川温泉駅からは野岩鉄道〜会津鉄道と各停に乗り換えての移動でした。
数ヶ月前、特急リバティのまま会津田島まで行けるのを知り、これは是非行ってみたいと計画し、切符発売早々に手配していたのです。
ところでこの浅草駅、隅田川を渡る橋近くで大きくカーブしてビルの中に入って行く線形との関係上、長編成の列車に対応する為には、先端が極めて細いホームとせざるを得ず、そしてホームとの間の隙間が大きくなかなかデンジャラスな状態となっています。
終点まで3時間超なので、浅草駅で駅弁有るかなと思えばそれらしきお店は無し。
ならば社内販売と思えば、こちらも無しでした。
前回は車内販売有ったのに…
新今市で東武日光線から分岐して鬼怒川線へ入って行きます。
鬼怒川温泉と言えば、言わずと知れた大温泉街ですが、ネットなどでもよく紹介されているように、バブル期に社員旅行需要で栄えた全国の温泉地と同様、この鬼怒川温泉も廃ホテルが少なくないそう。
乗車している列車からけっこうそれらしき姿を目にする事が出来ます。
何年か前、兵庫県豊岡市の城崎温泉に行った際、新しく明るい温泉街が広がっている事に驚きました。
こんな栄えている温泉街がまだ残っていたのか(@ ̄□ ̄@;)!!
温泉ホテル街と言うより、温泉街全体が言わば温泉のテーマパークといった印象です。
社員一同で温泉ホテルに泊まり、飲めや歌えやの大騒ぎ…というのが前時代的というのは私も思うところですが、こうしたスタイルを前提とした施設では打開策もなかなか難しいのでしょう。
新藤原駅からは野岩鉄道に乗り入れます。
1986年開業の比較的新しい三セクの民鉄で、東武鬼怒川線と元国鉄の会津鉄道を結んでいます。
栃木県と福島県を南北に結ぶ大動脈のJR東北本線とは異なり、こちらは沿線に大きな町が少なく、路線は山間部がかなりを占めています。
しかし、ほっとスパ・ラインという路線愛称が有るようで、その名前に温泉という文字の入った駅が幾つも有りました。
会津高原口駅からは会津鉄道になります。
前述のようにこちらは元国鉄会津線から転換した三セクで、会津田島駅までは電化されています。
その先は非電化の為、ここで気動車に乗り換えました。
いつか、ハイブリッド型の特急が非電化区間まで入線し、浅草から会津若松までそのまま行ける日が来る事を期待しています。
少なくとも、この区間を電化するよりは可能性有るのではないかと…
是非とも実現して欲しい(。-人-。)
湯野上温泉駅で大勢の人が乗って来たと思えば、お隣さんの団体だったよう。
数駅先の芦ノ牧温泉駅でこぞって降りていきましたが、温泉巡りをしているのでしょうか。
そう思うくらい野岩鉄道と会津鉄道には○○温泉駅がたくさん有りました。
西若松駅からはJR只見線に入り、間も無く会津若松駅に到着。
そして観光タイム…2011年の時は時間が無かった鶴ヶ城…会津若松城へ向かいました。
実は手前の七日町駅や西若松駅の方が近いのですが、うっかり会津若松駅まで切符を買ってしまっていたのです。
鶴ヶ城へ向かう途中、1500くらいになってようやく遅めのブランチにたどり着きました( ̄▽ ̄;)
けっこうお高めでしたが美味しい!
どうやら若松はソースかつ丼が名物のよう。
会津若松と言えば、信長や秀吉の家臣だった蒲生氏郷は欠かせません。
墓所も有りました。
そして鶴ヶ城。
前述の氏郷によって建てられ、明治に取り壊し、昭和に再建された天守は資料館となっております。
最上階はもちろん展望台!
天守以外では、茶室が特別展示されておりました。
時間が有ったら他にも行ってみたいところも有りましたが…
この日は特急リバティ会津がメインだったのと、少々疲れ気味だったので、この日は大人しく宿へ引き上げてたっぷりと睡眠をとりました(-.-)Zzz・・・・
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