【柔道】阿部詩「私は聞こえていた」会場の「詩コール」に感謝 気丈に話すも途中で涙 一問一答
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見苦しい。
相手が待っているのに悔しい気持ちは分かるが、それはあとでいくらでも泣けばいいこと。
畳の上でも、降りてもずっと号泣し続けているのはちょっと違うと思う。
正直、有効か何かを取ってちょっと安心していたのではないか?
目的が兄妹連覇になってしまっていて自分の柔道を貫徹する方にあまりむいていなかったのではないか?と思う。兄妹連覇は目標としては弱い。兄妹で金も結果、そうなったというだけで狙ってどうこういうものではない。兄が先なら兄が負けていたんじゃないかと思う。妹が撒けたのを目の当たりにして気持ちが切り替わった。
私は何度もことあるごとに書いているのが「日本には勝負とか戦いとか言う言葉はあまり使わない。試合という言葉を使う。」
試合とは試し合いだ。自分のやって来たことを相手を通じて試すことであり、相手を負かすことが目的ではない。目的は自分に磨きを掛けることである。結果、負けたとすれば自分に足らなかったことを自覚する。そういう足らないことを教えてくれた相手に感謝する。「礼」とはそういうことだ。相手への感謝とはそういうことだ。
日本人は礼の意味を忘れているが、自分に足らないものを教えてくれた相手への感謝、これが重要なのだと思う。だから厳しいことを書いたが、相手が教えてくれたことをまず感謝すべき。そしてその相手は金メダルを取った。素晴らしい相手だった。
悔しい気持ちは分かるが、まずは自分に足らなかったところを考えるべきで泣いている場合ではない。次の五輪をどうするかは知らないが、自分の知らない世界がまだ広がっているということだろう。
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