石原莞爾平和思想研究会では自給自足を実践する試みとしてビオトープ水田を行い多くの子供たちにお米の作り方を体験してもらいました。その企画の一つとして、戦時中の食べ物を実際に作って食べるということも行ってみました。
調味料がないので随分苦労しました。食後は、戦争を体験した同志の方のお話を聞く事が出来ました。ちなみに戦前の食べ物と言えば牛鍋とライスカレー、蕎麦に寿司などの日本人の代表的な食べ物があり、ご馳走というものは、鰻や天ぷらだったそうです。
牛鍋とは今で言うと、すき焼きのことで、すき焼きと言い出したのは昭和になってからで、山の手から呼び名が変わり、それ以前は牛鍋と言っていたそうです。山の手の住人は、この牛鍋という言葉が大衆的で下品だと嫌いました。
「ぎゅう」と言うと、何か「ぎゅう」として苦しそうで(笑)。そもそも、江戸時代は獣の肉を食べませんでした。血が汚れると言う、仏教の教えからです。だが、鶏肉は食べたのです。鶏は2本足だと理由から。ウサギも1羽、2羽と数えて食っていました(笑)。
牛は食べなくとも、猪や鹿や馬も食べました。猪はボタン、鹿はモミジ、馬はサクラと風流な名をつけて食べていました。これらを食べさせる店が江戸では両国の「ももんじや」で現在もあるそうです。
そこでは獣の肉を食べさせることが許されていて、表向きは薬だと言う事です。「ももんじや」のほかに浅草では戦前まで「山口屋」が猪を食わせたそうです。戦争中は、日本橋に「ぼたん」という二流の料理屋で猪を食わせたそうです。
鍋は、暖まる、精がつく、それに薬と言って食べていたみたいですが、実は旨いから食べていたそうです。戦争中は皆さんよく食べました。臭みがあるから味噌煮で、牛鍋も最初は味噌だったようです。
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