1984年、前回イギリスで見たように、ポンプ勢が小さく出てきたと言っても、 典型的なプログレシブ・ロックは、世界的にほぼ壊滅状態であった。そうした中で、遅れてプログレ文化が伝播した辺境地帯では、少しずつプログレが始動しつつあった。バブルに踊っていた日本もまた、その辺境地帯の一つだった。70年代イタリアなどの廃盤ブームが起こっており、その余波で70年代のクラシカルなプログレを志向するバンドがいくつも輩出していた。この動きは、やがて90年代の潮流につながっていく。
曲 バンド アルバム
�� 組曲「乱」／ 美狂乱 [ Parallax / Japan ]
この空白の1年に、日本ではプログレ史上に残る突然変異の作品が登場。 前々年のファーストから1年強ほどでプログレ界最強・最高峰と言うべき前衛の極致に上り詰めてしまった美狂乱。須磨邦雄を中心とする美狂乱の3人組は、キングクリムゾン風の暗黒ヘヴィネスに加えて、弦楽器・管楽器隊を配置し怒涛の狂騒サウンドを実現。表題曲は、22分ある長い組曲となった。中盤でうねうねと蛇のようにのたくるメロトロンが不気味 。ラストは穏やかなギター・ソロで、そのタイトルは「クリムゾン・チルドレン」。
�� Mythos and legends / Osiris [ Myths and legends / Baharain ]
中東湾岸地帯の国バーレーンのオシリス。1984年ともなると、こんな辺境地帯にまでシンフォニック・ロックが波及したのだろう。バーレーンは石油で潤い、貧富の差は大きいものの、良家の子弟は高度な音楽教育を受けていたようだ。ツイン・キーボードの5人組で、ヴォーカルとギターはモハメド・アル・サデキ。中東地域から想像されるような暑苦しさは全くなく、涼やかで透明感あふれるサウンドだ。この曲もスピード感があって軽快。モーグ・シンセサイザーが駆け回る上を、若々しいヴォーカルが爽やかに歌うのが印象的。
�� Dors Bebe dors / Jean-Jacques Goldman [ Positif / France ]
タイ・フォン出身のジャン・ジャック・ゴールドマンは 80年代にソロとして人気を得て、84年には第3作目。フランスでは、既に国民的なロック・シンガーとなっていた。本アルバムの中では、私は「Nous ne nous parlons pas」という曲が一番好きなのだが、昔のジャン・ジャック・ゴールドマン特集で採用したので今回はこの曲,、「眠れ、赤ちゃん、眠れ 」。シングルの B 面といった風情の穏やかなララバイである。真夜中に自分の赤ちゃんを寝かしつける優しさに満ちている。「お休み赤ちゃん。外は雨が降っている。そしてもうすぐ朝がやってくるよ。もう一度おやすみ 」
�� Ballo della luna(月の舞い)／夢幻 [ Simfonia della luna / Japan ]
1984年の日本は、夢幻、フロマージュ、ジェラルド、サジテリアンの登場、 美狂乱の超越境地への到達という具合に、世界中が空白にもかかわらず、ここだけが絶滅世界における熱水噴出孔の様相を呈していた。夢幻は、林克彦率いる4人組で、林がメロトロンを含むキーボード群を操る。少女マンガ的な繊細かつ幻想的なビジョンのもと、壮麗なメロトロンや多彩なキーボードが次々と繰り出される様は圧巻。レコード・ジャケットもまた、壮大な幻想絵画である。40年後の今だからではなく、1984年当時からすでに貴重な骨董品であった。ヴォーカルも歌詞も、内面世界に向かう白日夢のようなものであり、ヘヴィネスのなさが好みを分けるところだろう。
�� Shared out hands / Zaragon [ Zaragon / Demmark ]
デンマークのザラゴンは「 Z 」のつく バンド特集でも登場したので、 今回はこの曲。5人組で、ハイトーンのヴォーカルは、マーチン・ニールセン。テンポの速い曲になるとイエスっぽくなるが、イエスと違ってコーラスはないし、ギターが長く引っ張って号泣しているところも違う。ともかく ヴォーカルの声が幼な子に近いほど可愛い少年声なのが私には魅力的だ。
�� 月に吠える／Fromage [ Ondine / Japan ]
美狂乱が静岡出身であるのに対して、フロマージュは京都出身のバンド。フルートとヴォーカル担当の東沢学が中心となった5人組フロマージュは、こちらもなぜか少女マンガ風。月の女神セレーヌに対して、情けないようなヴォーカルが声を張り上げて歌いかけると、ドラマチックな展開になる。特筆すべきはギターで、技巧的ではないが情感たっぷり。泣きというだけでなく、哀感あるメロディーをギターがみっちりと歌い込む。さらにそこにかぶさるフルートも奔放にして優美。ヴォーカルの声に虫唾が走らないなら、日本シンフォの最高峰の一つと言っても良いかもしれない。
�� Ha felszall a kod / Solaris [ Marsbeli kronikak (火星年代記)/ Hungary ]
ヨーロッパのシンフォニック・ロックがほぼ枯渇していたこの年、ハンガリーから登場したソラリス 。トリプル・キーボードにフルート、リコーダーを含む5人組で、世界に残されたわずかなプログレ・マニアから喝采を浴びた。フルートを中心としたインストルメンタルのシンフォニック・ロックだが、ナレーションあり多彩な SE ありで、SF 映画のように視覚的に展開する。その名も「火星年代記」。ジェスロ・タル、フォーカスといったフルートを配したプログレを先輩にしつつ、それ以上にフルートを活躍させることにより、叙景的な世界を描き出した。
�� Earendis worte in Valimar / Yavanna [ Yavanna / Germany ]
ドイツのヤバンナは、80年代には珍しいキーボードの洪水スタイルのシンフォニック・ロック。ディック・シュレーマンバッハというマルチ・プレイヤーの1人シンフォであるが、ゲストが実に13人。シュマーレンバッハ自身は、ヴァイオリン、シタール、シンセサイザー、パーカッション、ヴィブラフォンを担当。 ゲストは、ヴォーカルが5人、 ギター3人、 ピアノ 2人、 フルート、ベース、ドラムスと、ともかく豪華。シタールがビヨンビヨンと鳴っている。この曲は、冒頭からいきなり張り上げる声のスタイルで、全体としては古めかしいものの、70年代プログレへの憧憬が感じられて、秀逸である。この時代には似つかわしくなかったが、個人の情熱が描きだした壮大な絵巻なのだった。
�� Clossing lines / Foundation [ Departure / Sweden ]
この時期のプログレッシヴ・ロックはあまり期待できないし、スウェーデンのプログレが花開くのは 90年代からだ。しかしファウンデーションは意外にも、典型的なプログレ・スタイルのシンフォニック・ロックを展開している。4人組で、キーボードが駆け回って、サウンド全体を包み込む空間を作る。12分ある長い曲もこの時期としては珍しい。しかし、ヴォーカルは弱々しいタイプの声を集めたコーラスなので、印象はいまいち。間奏では、キーボード・ソロと泣きっぽいギター・ソロが延々と絡み合う。スウェーデンのこの時期は、「再始動」というのではないが、むしろその後のムーブメントの源流と言えるのではないだろうか。
�� Sve ce to mila moja prekriti ruzmarin, snjegovi i sas ( / Bijero Dugme [ SANJAO SAM NOćAS DA TE NEMAM / Yugoslavia ]
ユーゴスラビア（ボスニア）のビジェロ・ドゥグメは、この年ベスト・アルバムを出していて、これがかなり世界的に知られた作品となった。ドラマチックなシンフォニック・ロックは、この時期としては珍しいが、ストリングス・オーケストラをバックに配して切々とヴォーカルが歌い上げる名曲が多数。この曲のオリジナルは79年の録音だが、それにしても時代に逆行する素晴らしいドラマティシズムと叙情性だ。
[次点] Svet Na Doskách / Fermáta [ AD LIBITUM / Slovakia ]
1984年の時点では、共産主義国家チェコ・スロバキアが存在していた。その後のチェコとなった地域にはプログレ・バンドも多いが、経済発展が遅れていた田舎の地域スロバキアでは非常に珍しい。フェルマータは、トリプル・キーボードの5人組。この曲はロックンロール風のイントロだが、途中悲哀たっぷりのヴォーカル。さらにコーラスが入り、プログレっぽくなっていく。サウンドの中核はギターで、トリプルという割にはキーボードはあまり聴こえていないものの、間奏で少しの間だけソロとなる。しかし独特のポップ・センスと哀感が、それなりに気持ちいい。
〇他に候補にしたバンド
Banda Do Cosaca, Gelard, Sagittarian,
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