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2024年04月16日18:05

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■東圭一著:『奥州狼狩奉行始末』を読んだ。3★

■東圭一(あずまけいいち)著:『奥州狼狩奉行始末』、角川春樹事務所、2023/11、213頁、1,650円、★★★ [24/03/26]

その昔、現在の東北地方の東側、岩手県周辺は奥州と呼ばれていたそうだ。因みに東北地方の西側は羽州だった。それを合わせて、現在でも東北地方は奥羽地方と呼ばれていることを知った。小説の舞台は江戸時代中期と思われる。当時、この地は荷物の輸送手段であり重要な戦略物資であった馬の生産地であり、牧場周辺の野山には馬を襲う狼が生息していた。本小説の本筋は、狼害を利用して不正を働く下級役人の汚職事件である。しかし、狼の群れを率いる<黒絞り>と名付けられた狼王の生き方が動物物語となっている。事件の背景に善なる狼王を配置し、奥州の野山を徘徊させて、ストーリーの展開にアクセントをつける。当時の武家社会の身分制度や行政の仕組みが描かれ、物語の時代背景をなしているが、この部分は小説の本質ではない。

小説の主人公は、害獣の狼を狩ることを業務とする狼狩奉行を任じられた岩泉亮介である。奉行といっても部下はおらず、誰もが嫌がる狼退治を義務として命ぜられる。彼の父、郷目付の岩泉源之進は仕事先からの帰路、山中で狼に襲われ崖から転落死する。他殺ではないかとの疑惑が取りざたされるが、現場を見たという目撃者が現れて事件はうやむやにされてしまう。それから3年後、岩泉亮介は狼奉行を拝命し、父の死の解明と狼王の駆除という2つの懸案事項に立ち向かうことになる。部下のいない彼の周りには、慣れない奉行仕事を手助けしてくれる猟師、獣医、弓の名手など、職人気質の人間が現れる。彼らの手を借りながら、亮介は広大な牧場を仕切る役人集団である牛馬掛が絡んだ<密馬>の不正をあばく。密馬とは、狼害と称して馬籍を抹消し、その馬を横流しする闇商売のことである。

岩泉亮介は、弓の名手である足軽の竜二を相棒として迎え入れ、狼の駆除に立ち向かう。しかし、普通の狼は仕留めることができるが、利口な狼王を殺害する機会が見つからないまま時が過ぎる。亮介は狼狩りの名人、猟師の権蔵を探し出し、狼王を追いつめる方策を練る。狼の通り道に深い穴を掘って、罠を仕掛ける。好奇心の強い子狼が仕掛けた罠の穴に落ちたあと、狼王がそれを助けに入る。その瞬間を狙って弓矢と槍で仕留めるという作戦を立てる。竜二に鈴の付いた矢を射られ、狼王は手負いとなる。亮介は槍で対決するも取り逃がす。狼王は権蔵と揉み合ったとき、権蔵の喉に嚙みつくことができたが、そうはしなかった。狼王が子供の時分に、権蔵が喉の骨を抜いてやった恩義を覚えていたのだと権蔵は語る。亮介は、牛馬掛野馬別当の中里賢蔵が村の子供の死を狼のせいにしたという権蔵の証言を得る。密馬の作為を子供に見られた中里が、目撃した子供を殺害していた。

小説の終局が近くなって、突然、目付評議役沢口郁之丞なる上流役人が登場する。彼は、岩泉亮介の父、源之進の不慮の死とその目撃証人松岡武吉が殺害された事件について、野馬別当の中里賢蔵が絡んでいることを推理する。亮介は2人の死の背後に、野馬別当による密馬汚職が存在することを告げる。急転直下、事件の全貌が明らかにされるのだが、この展開はミステリとしてはお手軽である。目付の沢口が、どうやってその情報を得たのかが分からない。

中里賢蔵らによる<密馬>が実行される日、目付衆や与力からなる捕り方一行は、現場を押さえるべく待ち構える。悪事が露見した中里と石橋弥五郎は、藩の領地外へ脱出を図る。密馬の実行を手伝った野守らは、石橋が岩泉源之進、松岡武吉殺害の下手人であることを証言する。中里、石橋は隣の藩に向けて逃げ、亮介、竜二が追う。山中で槍と刀、火縄の短筒と弓矢の対決が展開される。最後に亮介と中里が刀と短筒で向かい合ったとき、狼王が出現する。後ろ脚の付け根には、竜二の射た鈴付の矢が刺さったままだった。狼王の姿を見て中里は逃げ出すが、狼王は飛びかかり中里を崖から追い落とす。狼王に助けられた亮介は、戻ってきた狼王と向かい合う。人と狼の間に穏やかなときが流れ、「矢を抜いてやろう」という亮介の呼びかけに狼王は応じる。本小説は、岩泉源之進と狼王が遭遇する場面から始まり、クライマックスでは狼王がその息子岩泉亮介を救い悪人を退治する場面で終わる。そして、小説の最後は、「その二人(岩泉亮介と竜二)を崖の上から一匹の老いた大狼が、見下ろしていた」で終わる。狼王の存在が小説の最初と最後で描かれ、動物物語としてのアクセントとなっている。

密馬という狼害を利用した犯罪を創出し、江戸時代の社会の一断面を描いて見せた。密馬の実行に屋形船をわざわざ造船し、満潮を利用した馬の搬出方法を考案するのはミステリとしては納得できるが、わざとらしさも感じさせる。登場する悪人は密馬主犯の中里賢蔵と殺害実行犯の石橋弥五郎だけで、ともに先が見えた宮仕えに自棄自暴となった、現代社会にもあり得るサラリーマン犯罪とも思える。

岩泉源之進が肌身離さずもち歩く書付が存在し、石橋が殺害後それを奪った記述があるが、具体的にそれが何であったかは書かれていない。密馬の証拠の筈なのだが、明示されていないので気になる。最後の亮介・竜二組対中里・石橋組の対決場面は設定としては面白い。しかし、その映像が眼に浮かぶかといえば、黒澤映画などの緊迫感が伝わらない。侍物語の武闘場面の表現を磨いて欲しいと思う。竜二の鈴付の矢のアイデアは、ストーリーによい効果をもたらしている。動物としての狼の生態については、語られる蘊蓄が少ない。また、許嫁美咲の出番は小説に花を添えているが、密偵役はご都合主義に過ぎる。

著者東圭一は、1958年大阪市生れ。大阪府立高津高校を経て、神戸大学工学部電子工学科卒業。1983年4月〜2018年4月日本IBMに勤務。初期の作品に2012年『足軽塾大砲顛末』。2023年本小説『奥州狼狩奉行始末』で、第15回角川春樹小説賞受賞。文章は読みやすく、ストーリーは軽やかに語られる。サラリーマン侍の小悪、動物物語、そしてミステリ仕立てを結びつけた軽やかな文学となっている。ポストサラリーマン作家の奮闘に期待したい。

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