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2024年04月11日11:40

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私の物語 第11話

亡き父のことを書いてみる。

父が43歳の時に私は生まれた。母42歳だった。姉とは4歳違いだ。
車を持たない家だったので、移動は自転車か公共交通機関。
家族の思い出は、幼いときと、ここ15年ぐらいだろう。真ん中が抜けている。自我がでて以来、家族内でジェネレーションギャップがあり、親と子で距離が存在した。また、父と母、姉と妹にも距離があった。

幼少期;
父のあぐらの上に座り、童話を読み聞かせてくれた。チクチクするひげがとても痛く、でも心地よかった。
年賀状を書ける年になり、投函する前に誤字脱字をチェックしてくれた。間違いだらけだった。(笑)
冬になると、庭に雪山を作ってくれて、姉とミニスキーをはき遊び回った。
カメラが好きな父、参観日にきた際、写真を撮りまくった。誰のお父さんと先生が生徒に問いかけても、私は恥ずかしくて手を上げられなかった。
父の右背中には、結核で肺を切除したときの長い傷がある。何も知らない私は、時代劇を見ている父を見て、お侍さんに切られたのだと思い込んでいた。

ここ15年:
どんな料理もおいしいと言って食べてくれた父。
空港で私を見送ってくれた父。
旦那を紹介したときも、旦那が重機を運転する人だから、キャタピラに乗ってきたから出会いが遅れたね、と緊張しフリーズしている旦那に笑顔で受け答えした父。
姉夫婦と私夫婦に囲まれ、昔のことを楽しそうに話す父
ビールが大好きで、最後の1滴まで飲もうとする父。
物に執着することなく、思慮深く静観し、「かのように」生きた父

あの日;
両親の具合もあまりよくないが、やれることを取り上げると悪化するため、2人の生活を尊重していた。それでも実家に度々集まり、宴を開催した。あの日は、宴の次の日で、父も調子悪そうだった。掃除、後片付けゴミを持ち、帰路に立った。特に用事がなかったので残れたのに一瞬迷い、また数日後に実家に戻るとして帰った。その日の夜、電話があり父が病院に運ばれ、間に合わないかもしれないと知る。きた。この日がきてしまった。高速で1時間半はかかる。間に合わなかった。

姉は、看護師のため、臨終は幾度となく立ち会っていた。だからか、間に合わなかったのではなく、くるのを待っていて、病院に無事についたことを確かめてから息を引き取ったんだよ、と。よくあるらしい。

あの日ゴミは全部持ち帰った。空のゴミ箱には、空のビールの缶があった。最後に大好きなビールを飲めたなら、父も本望なのではないだろうか。

2016年さる年の年賀状。父からだ。
「去る年に」したくないなと ビール飲む

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