昨日は茨城県の古河市に行って来ました。
日記を書くつもりでいましたが、
帰りが遅くなり、久しぶりに2万歩歩いたので疲れてしまい休んでしまいました。
古河市は茨城県とは言っても、JRの宇都宮線に駅があり、
宇都宮から在来線の電車で40分程度の街です。
宇都宮駅に行ったら、東北新幹線が止まっていたので、駅は混雑していました。
上りの在来線もかなり混んでいたので、1本見送って座って行きました。
古河駅前から10時のバスに乗って、古河公方公園に行きました。
室町時代、東日本を支配するため、鎌倉公方が置かれますが、
その後、色々な内紛があって、古河に移り、古河公方と呼ばれます。
古河公方の、多分別宅があった辺りが、古河公方公園になっています。
この公園には、桃の木の林があって、3月31日まで、もも祭りが行われていました。
まだ咲いているかと思い行ってみました。
さすがに、もうほとんど終わっていましたが、
それでも綺麗に咲いている木がありました。
古河公方公園には、移築された重要文化財の古民家などもあり、
面積が広く、長閑な雰囲気でした。
少し桜も咲き出していましたし、新緑になっている木もありました。
公園から、鷹見泉石の旧宅に向かいました。
泉石は、古河藩の家老で、藩主土井利位(としつら)を補佐しました。
外国からの脅威を感じていて、多くの蘭学者などとも交流しています。
泉石の肖像画を渡辺崋山が描き、これが国宝になっています。
明治以降の絵画で国宝になっているものがないので、
絵画では、この泉石像が最新の国宝になっています。
また日記なども含めて3000点近くの資料を残していますが、
これが貴重な資料との事で、一括して重要文化財になっています。
泉石は家老を退いた後、この建物で著作を書いていました。
残念ながら、建物内には入れませんでしたが。
鷹見泉石邸から、その前にある古河歴史博物館に行きました。
ここに泉石について、詳しい展示がありました。
その中で、泉石がオランダの地図を作っている事に驚きました。
さらに、土井利位が大阪城代の時に大塩平八郎の乱が起きたと覚えていましたが、
利位が大阪城代になったのは、大塩平八郎の乱の後でした。
大塩平八郎は、乱が鎮圧された後、逃亡していましたが、その隠れ家を見付け、
実際に捕縛に向かったのが、泉石でした。
その際に使った棒も展示されていました。
また、泉石の日記に書かれていた当時の人物が展示されていました。
川路聖謨などの幕府要人、渡辺崋山などの蘭学者、司馬江漢らの画家、
大黒屋光太夫、オランダ商館長のスチュルレルなど多彩でした。
土井利位は老中までになった優秀な大名ですが、
日本で初めて雪の結晶を顕微鏡で観察した人物としても知られています。
20年にわたり雪の結晶を観察し、雪の結晶を「雪華」と命名して、
観察結果を『雪華図説』などにまとめて出版しています。
歴史博物館から古河文学館に回りました。
歴史小説の永井路子、推理作家の小林久三、
時代小説から現代小説まで幅広く活躍した佐江衆一など
古河市所縁の作家の資料が展示されていました。
更に篆刻美術館に行きました。
古河市では中学3年生が美術で篆刻を習うそうで、
全部の生徒の作品が展示されていました。
古河市は、河鍋暁斎の出身地です。
生誕地を示す碑を見て、永井路子の旧居に寄りました。
永井路子は若い頃綺麗だったのですね。
管理している老婦人から、街を歩くと皆振り返ったとの話を聞きました。
そんな感じで古河市を歩いて来ました。
昼過ぎ、曇って来てしまいましたが、
昨日の写真をアップしましたので、宜しければご覧ください。
https://photozou.jp/photo/album/2882708
【今日の一句】
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