昨年の三輪山付近の考察に続くシリーズで、
「超私的な好奇心で日本の原点を読み解く キーワード3」
三輪山麓の山の辺の道は湖畔に沿ったルートで、
その昔『万葉集』にもカモメが読まれたりして
奈良の平野に湖の存在があると記されています。

<マップ1>
さらに豪族分布図ですが、平野部には存在しないのが、
どの分布図でも読み取れます。

<マップ2>
古代湖と湿地帯のある場所に
橿原宮(都)をつくる??と素朴に思うのです。
普通、都や宮殿を作るなら地盤の硬いところを選び、
湿地帯等は水田に向いていると思うのですが。
地図を見ていくうちに、橿原神宮南西部に
「神武天皇社」 という場所を見つけました。
奈良県御所市柏原246
ここなら、古代湖も無く地盤が硬い場所で、
都を作るのに最適ではないかと。
面白いことに、畝傍山付近には橿原という
地名が地図では見当たらず、
もしかしたら御所市柏原は、都が出来た事によって
橿原と呼ばれるようになったかもしれません。
ただし、地元の人たちが観光客が増えるのを嫌がって、
歴史をかき消したという言い伝えがあります。
訪問時、比較的新しい境内にげんなりしましたが、
奥には立派な本殿を確認することが出来ました。
地元の方たちが隠してきた場所を、
世代が変わり、近年ではやはり「元橿原宮」として
歴史を守るために再建したとしたら、納得がいきます。
すぐ近くの高台には「腋上のホホ間の丘」伝承の地もあり、
その山中に須賀神社があり、スサノオを祀っています。
もう少し、考察と現地に赴く必要がありそうです。
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