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2024年02月09日21:46

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「世界的に活躍する日本人の草分け」的存在だった。

小澤征爾さん死去、88歳 心不全 「世界の小澤」世界的指揮者 長野冬季五輪で音楽監督
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=7744452
「世界のオザワ」とも称され、当代日本のクラシック音楽界を代表する指揮者の小澤征爾が亡くなった、ですか。去る2月6日、心不全のため都内の自宅で亡くなったようで、晩年は癌との闘いとの日々だった印象があります。
記事が書くように、桐朋学園中学校の3年時に指揮者の齋藤秀雄に弟子入りし、一旦は成城学園高校に進んだものの、その縁で齋藤秀雄の肝煎りで設立された桐朋女子高校音楽科(男女共学だったようだ)へ第1期生として入学、日常的に体罰を受けながらも教授を務める桐朋学園短期大学(現:桐朋学園大学音楽学部)へ進学、卒業。齋藤秀雄の紹介で群馬交響楽団の指揮者となってその道に進み、ブザンソン国際指揮者コンクール第1位となり、翌年に審査員だったシャルル・ミュンシュ氏、更にはヘルベルト・フォン・カラヤン、レナード・バーンスタインに師事し、ニューヨーク・フィルハーモニーの副指揮者に抜擢されるなど、20代で世界のクラシック界で活躍を始めましたが、27歳の時の「N響事件」(半年間の指揮者契約をNHK交響楽団(N響)と結びながら、楽団側から感情的な反発を受け演奏をボイコットされた)で日本に見切りをつけ、世界のみに目を向けたとも見られていたようで、戦後以降、世界的に活躍する日本人の“草分け”的存在の一人と言えると思います。
1973年からボストン交響楽団の音楽監督を29年間務め、シカゴ交響楽団、トロント交響楽団、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、サンフランシスコ交響楽団の指揮者となり、ウィーン国立歌劇場音楽監督も務めるなど、名実ともに世界的な指揮者としての目覚ましい活躍を続けていましたが、そうした中、恩師たる齋藤秀雄の没後10年の年に世界中から門下生100名以上を集めて「齋藤秀雄メモリアルコンサート」を開催、後に「サイトウ・キネン・オーケストラ」として活動することになり、毎年8〜9月に小澤征爾の指揮で長野県松本市で演奏会を開くことで知られる存在となりました。その一つであるまつもと市民芸術館でのライブ歌劇「こどもと魔法」(ラヴェル作曲)を収めたアルバムが、2016年2月のグラミー賞最優秀オペラ録音賞を受賞したこともありました。
平成20年に文化勲章を受章しましたが、平成22年には食道癌と診断されて食道を全摘、癌との闘いに明け暮れながらの演奏活動だったようで、痩せていくらか弱々しく見えてはいましたが、第一線での活躍を続けていたようです。心不全、88歳とのことで、“大往生”だったのでしょう。合掌。
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