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2024年01月30日18:28

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桐島聡容疑者・・・

 1970年代に連続企業爆破事件を起こした
 過激派組織「東アジア反日武装戦線」のメンバー、
 桐島聡容疑者を名乗る男が今月25日に見つかったとのニュースがありました。
 その人物は末期癌を患っていて、昨日亡くなったとの事です。
 死期を悟っていたのでしょうか、自ら桐島聡と名乗り、
 「最期は本名で迎えたい」と語っていたと報じられています。
 論語に、「人の将に死なんとする其の言や善し」との言葉があります。
 人が死ぬ直前にいう言葉には、利害・かけひきがなく
 真実がこもっているとの意味です。
 そんな事から考えて、この人が桐島聡である事は間違いなさそうな気がします。

 彼は、「内田洋」の名前で、
 神奈川県藤沢市の工務店で数十年にわたり住み込みで働いていたとの事です。
 健康保険証がないので、入院などは自費診療だったとの事ですし、
 運転免許証などは持っていなかったようです。
 最後に所在が確認されてから、49年間行方が分からなかった事になります。

 彼の容疑は、爆発物取締罰則違反です。
 本来ならば、当然時効になる訳ですが、
 事件を共謀したとして逮捕・起訴された大道寺あや子容疑者が、
 日本赤軍がインド上空で日本航空機をハイジャックした
 「ダッカ事件」(1977年9月)で超法規的措置で釈放され、
 国外逃亡したことから停止しているとの事で、
 共犯者の公判中は時効が停止するとの刑事訴訟法の規定に基づくものです。
 刑事訴訟法では、このような事態を想定していなかったのでしょうね。

 彼は、早い段階で自首して裁判を受けていれば、
 また別の人生があったような気もしますが、
 それは生き方の問題ですから、傍観者が口出しすべき事ではないのでしょうね。

 現代の日本で、50年近く、本名を隠して生活出来た事に驚いています。
 上述のように、健康保険証を持てず、運転免許証も取得できなかった訳ですが、
 例えば、金融機関の口座などはどうだったのでしょうね?
 50年前ならば、口座新設はそれほど厳密ではなかったから出来たのでしょうか?
 所得税や住民税、年金などがどうなっていたのか、も分かりません。
 そうした社会生活を除けば、意外と出来るのかも知れません。
 桐島聡は、馴染みの飲み屋もあったようですし、
 意外と地域に溶け込んでいたような感じもします。
 どのように考えて生きていたのでしょうね?
 亡くなってしまい、もう分からないのかも知れませんが。


【今日の一句】
 1輪咲き わびしく眺める 独り者

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