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2023年11月28日07:43

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信州・小布施町(おぶせまち) 1 「やせ蛙 負けるな一茶 これにあり」と葛飾北斎と豊臣秀吉・賤ケ岳七本槍の一人と

 長野県の北東部に広がる町、小布施町(おぶせまち)。
 県内でもっとも面積の小さい自治体の小布施町ですが、江戸時代には北國街道(ほっこくかいどう)につながる谷街道・谷脇街道の合流点として豪商や豪農を生み、彼らによって繫栄した町でした。

 小布施の豪商たちは江戸や京の都、大坂の知識人たちとも交流を究めます。
 その中には当代一の絵師であった葛飾北斎や俳人の小林一茶がおり、彼らも小布施の地を訪れているのです。
https://www.youtube.com/watch?v=NRFVLla-XnI
   【八方睨み鳳凰図】葛飾北斎、最高傑作のひとつ【小布施 岩松院】

 信濃の国の紅葉もピークを過ぎ、落葉が彩(いろど)る雁田山(かりだやま)のふもとに立つ名刹(めいさつ)・岩松院(がんしょういん)は、葛飾北斎の描いた巨大な天井絵・大鳳凰図(だいほうおうず)で知られる古刹です。
https://atrashome.co.jp/shinshu_life/230701/
   雁田山
 テレビコマーシャルで北斎の浮世絵に魅了された女の子が「いつか見ることができるかな」と語っていた、遠い町にある、あのお寺です。
 1427年の開山と伝わる岩松院が名を馳せるのは北斎だけではありません。
「やせ蛙 負けるな一茶 これにあり」
 裏庭の小さな池のかたわらには、小林一茶がそう詠んだ句碑が立っています。
https://www.youtube.com/watch?v=I6TABZZ4PW4
   【長野】小布施・葛飾北斎・岩松院・八方睨み鳳凰図・若松院の鳳凰図
    小林一茶「やせ蛙まけるな一茶これにあり」

 この池は桜が満開の頃、何百匹というヒキガエルが集まって求愛する、蛙合戦の池として、古くから有名な池なのだそうです。

 岩松院は戦国時代から江戸時代にかけての武将・福島正則(ふくしままさのり)の霊廟で知られる寺院でもあります。
 豊臣秀吉の重臣、賤ケ岳七本槍で知られる福島正則でしたが、関が原の合戦では徳川家康の東軍に付き、安芸・備後49万8000石の大大名となりました。

 しかし、幕府に連絡無しで広島城の石垣を修復したことから、わずか4万5000石の当地へと流されると、5年後の1624年、64歳で没したのです。

 岩松院のおよそ500m南には雁田の薬師さんとして親しまれ、縁結びの薬師としても有名な名刹・浄光寺(じょうこうじ)があります。
https://www.youtube.com/watch?v=5bZTw1XgZAw
   長野県小布施町 ⛩浄光寺ほっとした顔

 浄光寺は御霊泉(ごれいせん)と呼ばれる湧き水でも知られる寺でもありました。
 この水は雁田山の山麓湧水群のひとつで、雨が降ると白濁することから別名・白清水(しろしみず)と言われています。
 これはケイ酸が溶け込むためで害はなく、かえって味に"まろみ"を出し、お茶は美味しくなると言われているのです。

 かつての小布施には、地元で「水屋(みずや)さん」と呼ばれた、水を売り歩く商売がありました。
 エリアを流れる松川は酸性度が高く、飲み水には適していなかったことから、浄光寺の御霊水(ごれいすい)や岩松院の境内にあった弁天清水など、雁田山の山麓湧水を汲んで町なかで売り歩いていたのだそうで、昭和3年に水道が引かれるまで存在していたと言われています。

 その後、小布施では雁田山の山麓湧水群をたぐる「せせらぎの道」が整備され、町の観光資源となっているのだそうです。
https://www.youtube.com/watch?v=teJ-HO9wxfk
   【里山登山】北斎の愛した景色を歩く 雁田山2023.03.07
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