よく鶴が舞う姿と言われる群馬県に対し、我が船橋市はニワトリと言われ事が有るよう。
右を向いている姿という訳ですが、その背中辺りには金杉や金杉台という地名が有ります。
昨夏に川に沿って歩いた海老川の上流である、北谷津川や念田川が流れているエリアとなります。
このエリアの金杉台中学校が、なんと去る年度末に統廃合により閉校となっていたそう(@ ̄□ ̄@;)!!
総武線や東京メトロ東西線などの都内直通インフラからあまり近くないとは言え、船橋市は人口64万余り、そして現在でも増加中と聞いております。
金杉台エリアにしても金杉台団地もあり、結して人口稀薄地ではありません。
もちろん日本中どこでも子供が減っているのは確かだし、また昭和の団地である事からエリア全体が高齢化しているてあろう事は、容易に想像が出来ます。
近年は1学年1学級が続いていたのだとか。
そういった要因は分かりますが、まさかそこまで減ったいたとは…
と言う事は?ひょっとしたら私の母校である古和釜小学校や古和釜中学校はどうなのだろう?
実家が有る松が丘地区は、昭和40年前後に新興住宅地として開発された場所であり、最寄り駅までちょっと離れているなど、条件はさほど変わらないように思います。
まだまだ子供が多い時代でしたし、子育て世代が同じくらいの時期に移住していたという事でしょう、当時の古和釜小学校は旧校舎に新校舎、更に最盛期にはプレハブ校舎が2棟有ったと思います。
更に古和釜中学校は、小学校より学区が広いからか、坪井中学校と分かれるまで確か1学年15学級でした。
もちろん今は当時よりずっと減っているのは確かと思いますが、まさか1学級しか無いなんて事は…どうなのかな?
近年の人口増加は、新船橋など工場跡地開発などで出来た新しい街への入居が要因であり、松が丘や金杉台などの北部はひょっとしたら微減かも?
写真を見る限り、けっこうな大きさが有ったと思われますが、跡地はどうするのだろう?
何かに有効活用出来ますように(。-人-。)
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