今年2月、惜しまれつつも閉館した津田沼PARCO、2016年11月閉館の千葉PARCOに続けての撤退だった訳ですが、先頃そのA館の解体工事が始まりました。
(千葉PARCO)
ここは三井不動産が取得しており、住宅店舗の複合施設となるようなので、低層に店舗が有るタワマンとなるのでしょうか。
タワマンなんか造るなよ…と本音では思いますが、それはそれとしてPARCO時代に隣接のB館との間には3階と6階に連絡通路が掛かっており、今のところはまだ残っていますが、A館を解体する以上、この橋もおそらく近日中に壊してしまうのでしょう。
そこまでは予想がつきますが、駅のペディストリアンデッキからA館2階に直接繋がっている連絡通路が閉鎖されているものの、まだ残っています。
実はPARCOが出来た時にはペディストリアンデッキはまだ無く、ペディストリアンデッキが出来た時はこの連絡通路は有りませんでした。
はっきりした時期は覚えていませんが、ペディストリアンデッキが出来てから、「この間数m、連絡通路が有れば便利なのになぁ」と暫く思っており、後になって造られた時、漸く繋がったぞ!と思ったものでした。
つまり、ここにはB館との間の通路のように建設時から穴が開けられていた訳ではなく、壁となっていたのでしょう。
B館がviitという別の施設として今後も継続するのに対し、A館がスクラップ&ビルトとなったのには、そうした点で強度の不安も有ったのでは?という気がします。
B館との通路が3階6階、駅側が2階とフロアが異なる点から考えても、ペディストリアンデッキとの連絡通路がPARCO竣工時には考えられていなかったものと思われます。
さて
新たに造られる複合施設、内容はまだ分かりませんが、おそらく2階辺りはまだ店舗でしょう。
ならば、ペディストリアンデッキとの連絡通路は最初から考慮しているのではないでしょうか?
ならば、この際viitとの連絡通路も2階に移設出来ないものだろうか?
住居になりそうな6階は通路を撤去しても良いと思いますが、回遊性を高める為にも連絡通路は同じフロアであるのが理想でしょう。
とは言え新たに造られるA館跡の複合施設はともかく、元B館のviitは3階の穴を塞いで2階に新たに穴を開ける事になる訳で、構造的にちょっと心配ではありますが…
さてどうなるんだろう(´・ω・`)?
そんなこんなで、現在千葉県に一場近いPARCOは錦糸町〜
楽天地ビルと一体に錦糸町西武として生まれ、LIVINを経てPARCOとなりました。
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