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2023年09月14日23:56

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大和十三仏霊場、當麻寺、おふさ観音、新薬師寺 & 南都七大寺の元興寺 R05 (2023) .09.14

當麻寺へは国道168号を延々と走らせる事になるのですが、自宅からだと生駒市体育協会総合S.C.の峠道を越えて、小明町の交差点で国道168号に繋がる事になります。その峠寄りの近辺には稲倉というバス停があり、その傍に稲蔵神社があります。ここは烏帽子石と呼ばれる巨石を磐座とする神社で、饒速日命に関連があるとも云われています。そしてここからが重要で、先の「峠道」で越えて来たのが正に矢田丘陵で、この稲蔵神社の辺りは龍田川の源流域に当たるのですね。この更に北側は天野川となって反対側に流れ下っているので、この辺りは正に分水嶺となります。いやー、自宅の近辺ってめっちゃ面白過ぎるやん!

生駒の地理 - 生駒の神話 - ココログ
http://ikomashinwa.cocolog-nifty.com/ikomanoshinwa/2019/06/post-daf366.html

〈生駒市〉河内・大和の国境、白庭台から行く七夕伝説「天野川」ウォーク
https://www.narakko.jp/amanogawa/

一応念の為に書いて置くと、「生駒の神話」の主張の殆どはトンデモ系との認識です。それでもこの生駒の地が饒速日命や長髄彦とは深い関わりがあったのは確かだと思います。その意味でも、稲蔵神社よりも昔から磐船神社の方に関心がありました。しかし岩窟拝観は未体験なので、これも行かねば。それと以前にはこんなLINEの遣り取りも…

8/3 【LINE→Q】
磐座で有名な場所はどこですか?〜磐座巨石本から決定版を決める〜
https://www.megalithmury.com/2019/02/iwakura-kyoseki-book.html

【LINE→Q】
上記の記事から引用

「まとめます。

"磐座で有名な場所はどこですか?"

といわれたら、次の4カ所で決まりです。

1.花の窟神社(三重県熊野市)
2.磐船神社(大阪府交野市)
3.筑波山(茨城県つくば市)
4.神倉神社のゴトビキ岩(和歌山県新宮市)」

ということで、Qさんは最高のパワースポットの2ヶ所から御朱印を始めたことになりますね!

(因みに上記はQと二人で行った「那智山寺ツーリング R05 (2023) .04.09」を踏まえてのLINEの遣り取りで、この時に御朱印を始めたQは以下の寺社で頂いていました。
【花窟神社】
【熊野速玉大社】【神倉神社】
【熊野那智大社】【那智山青岸渡寺(那智山寺)】)

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�茵=痛禹�の仁王門
�蕁‐睿阿汎�本最古の梵鐘

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�茵‖舅遜住以�霊場 第六番、當麻寺(中之坊)
�蕁|翡桂靴猟翦影�

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�茵|翡桂靴旅瘟恒爐氾貪�
�蕁|翡桂靴旅瘟恒爐判餘�

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�茵々崙�
�蕁ゞ眛�

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�茵)榮�
�蕁‘�本最古の石燈籠

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�茵‥貪�
�蕁\湘�

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�茵\焼遽�
�蕁 ̄�院の大方丈と玄関

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�茵 ̄�院の本堂
�蕁 ̄�院の鐘楼門

改めて、自宅からは矢田丘陵の最北端を意識して、矢田丘陵に沿った国道168号を南下して行きました。いつもであれば反対側の生駒山の山並ばかりを目で追っているのですが、今回は矢田丘陵トレイルを辿るとどんな景観が得られるのかと想像しながら走らせていました。その内に生駒山側には葛城山と金剛山の見慣れた山並が現れて、その手前の二上山の麓へとナビで導かれて行くと、そこに當麻寺はありました。

當麻寺は子供の時分に来ている筈なのですが、これ程に歴史的価値のある所だったとは知りませんでした。先ずは大和十三仏霊場で対象とされている弥勒菩薩像を祀っている子院の中之坊へ。ここは中将姫が剃髪したとされる剃髪堂や、書院に面した庭園である香藕園が見物ではあったのですが、弥勒菩薩像がどれであるのか実は良く判りませんでした。恐らくは剃髪堂の何処かに安置されているのでしょうが、そこの本尊は導き観音さまであるし、當麻寺の規模を考えれば、大和十三仏霊場の仏像の選定は丸で当てずっぽうで、大和の有名寺院にただ当て嵌めたかっただけとも思えます。まあそれでも、仏像の選定は今一ながらも寺院の選定には妥当性があるとは思えるんですけどね。

改めて當麻寺の境内を辿ると、仁王門を潜って直ぐに見える鐘楼の梵鐘は日本最古との事で、左手を見遣れば高みに東塔と西塔が見えており、「奈良時代 - 平安時代初期建立の2基の三重塔(東塔・西塔)があり、近世以前建立の東西両塔が残る日本唯一の寺としても知られる(Wikipedia)」とあります。更に進むと両脇に金堂と講堂、前方には本堂が建ち並んでおり、この三堂では内部拝観もさせて頂きましたが何れも見事な物でした。金堂の裏手には日本最古の石燈籠もあり、貴重な文化財が所狭しとあって半端ないという印象です。特に本堂の本尊は当麻曼荼羅であり、少なくとも私にとっては曼荼羅が本尊というのは初めての経験だったのですが、須弥壇上の大きな厨子に納められているその様式には圧倒される思いがしました。また金堂の本尊は弥勒仏坐像で日本最古の塑像との事。塑像の本尊と言えば岡寺の如意輪観音坐像が思い返されて稚拙なイメージがあったのですが、こちらはそうは思えませんでした。金堂の四天王立像についても、多聞天像を除く「3体は日本最古の乾漆像である。日本における四天王像の作例としては、法隆寺金堂像に次いで2番目に古い(Wikipedia)」との事です。

その後は奥院の方にも立ち寄ったのですが、當麻寺の宗派は真言宗と浄土宗の並立となっている所も面白くて、こちらの奥院は浄土宗となり、私の家の宗派は浄土真宗本願寺派なのでやはり居心地の良さでは格別でした。

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�茵,�ふさ観音の山門
�蕁‖舅遜住以�霊場 第八番、おふさ観音のバラ園と本堂

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�茵”�鈴まつりと本堂
�蕁 ̄澡�庭と茶房おふさ

おふさ観音は街中にあるこじんまりとした寺院で、正直な話、私としては大和十三仏霊場の中では唯一、どうして選ばれたのかと疑問に思われた所でした。ここで対象とされているのは観音菩薩像で、観音菩薩像と言えばもちろん西国三十三所の方が有名なので、それ以外の寺院から選ばれたとしても、果たしてここが相応しかったのかと疑問が残ります。例えば大和十三仏霊場の中であっても、ここよりも相応しいと思われる観音菩薩像を有する寺院は幾つもあるので、そこを観音菩薩像の寺院として、そこに割り振られていた仏像を新たな他の寺院に当て嵌めても良かった様に思います。そうしたら新たな寺院としてどこが選ばれていたのかと興味は尽きないのですが…これで良かったのか大和十三仏霊場。まあ深く検討されて妥当な所に落ち着いた結果だとは思うのですが。

とまあ選定については酷評はしているものの、おふさ観音は普通に居心地の良い寺院ではありました。「イングリッシュローズが境内に所狭しとあふれる『花まんだらの寺』として知られる。大和三山の耳成山と畝傍山のほぼ中央に位置する(Wikipedia)」とあり、この時にはバラの見頃は過ぎていたのですが、代わりに風鈴まつりが開催されていて、こちらも所狭しと溢れる風鈴が涼やかな音色を立てていて風情がありました。本堂の内陣も拝観させて頂き、本尊の十一面観音菩薩像は秘仏との事でお前立ちではありましたが、他に安置されている仏像と共に興味を持って拝観する事が出来ました。その後は境内にある落ち着いた雰囲気の茶房おふさでかき氷を頂いて、豊かな一時を過ごしていました。

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�茵/渓�師寺の南門
�蕁‐睿�

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�茵‖舅遜住以�霊場 第七番、新薬師寺の本堂
�蕁|和�堂

新薬師寺と言えばもう数十年も前に、東海自然歩道を辿っていて何も知らずに立ち寄った所が、本堂の中で円陣を組んでいる十二神将立像を見て正に圧倒された覚えがあります。それ以来その前を何度か通り過ぎても立ち寄ろうとは思わなかったのは、その時に受けた感銘が余りにも大きかった所為ですね。こうした事は私にはよくある事で、再訪は余り望まずに一度で済ませたい主義ではあります。他の訪れていた神社仏閣もそうなのですが、今回の御朱印集めという機会がなければ再び訪れる事はなかったと思います。

しかしこの日、本尊の薬師如来坐像は修理に伴う燻蒸作業の為に光背の脇に下ろされていて、作業員が煌々と照らされた灯りの下で立ち働いていました。それでも拝観に支障がない様にとの配慮はなされており、十二神将立像の立ち位置もずらされていたものの、却って明るい中で仔細に拝観できたのは良かったのかも知れません。大和十三仏霊場で対象とされている薬師如来坐像も改めて見ると立派なもので、十二神将立像が塑像であったというのも驚きで、塑像でもこれ程に豊かな表現が出来て、しかも損傷なく残されているのは凄い事だと思われました。そしてこの配置の妙、格好良さでは断トツだと思います。

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�茵仝偽住�の本堂
�蕁)[愆�

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�茵\佇�群
�蕁〜擬爾繁榮押�一部には日本最古となる飛鳥時代から奈良時代の古瓦

大和十三仏霊場とは関係のない元興寺を訪れようと思ったのは、この後に大和十三仏霊場の第十三番、大安寺を訪れる事になるのですが、それで南都七大寺の全てで御朱印を頂く事になるからですね。

南都七大寺(Wikipedia)
「奈良時代に平城京(南都・奈良)およびその周辺に存在して朝廷の保護を受けた7つの大寺を指す」

東大寺、興福寺、元興寺、大安寺、西大寺、薬師寺、法隆寺の7つの寺院

「法隆寺は斑鳩に所在しているため、この法隆寺の代わりに唐招提寺を入れて南都七大寺とする場合もある」

元興寺は一繋がりに並んだ本堂と禅室が圧巻の一言です。それと共に唐招提寺の天平の甍(いらか)は有名ですが、元興寺の甍の一部には何とそれよりも200年程も古い飛鳥時代の物が未だに使われているのです。法輪館に収蔵されている五重小塔も素晴らしい!

そもそも元興寺とは、Wikipediaによると「蘇我馬子が飛鳥に建立した日本最古の本格的仏教寺院である法興寺(飛鳥寺)が、平城京遷都に伴って平城京内に移転した寺院である。奈良時代には近隣の東大寺、興福寺と並ぶ大寺院であったが、中世以降次第に衰退して、次の3寺院が分立する」として、今回訪れたのは「旧称『元興寺極楽坊』、1978年(昭和53年)『元興寺』に改称。真言律宗、西大寺末寺。本尊は智光曼荼羅。元興寺子院極楽坊の系譜を引き、鎌倉時代から独立。本堂・禅室・五重小塔は国宝。境内は国の史跡『元興寺極楽坊境内』。世界遺産『古都奈良の文化財』の構成資産の1つ」とされているものです。

その歴史においてもWikipediaを引用したいのですが、「元興寺には奈良時代の学僧・智光が描かせた阿弥陀浄土図(智光曼荼羅)があったが、平安末期の末法思想の流行や阿弥陀信仰の隆盛とともにこの曼荼羅が信仰を集めるようになった。曼荼羅を祀る堂は「極楽院」と呼ばれて、次第に元興寺本体とは別の寺院として発展するようになった。これが現在、奈良市中院町にある元興寺、通称元興寺極楽坊である。現存する元興寺極楽坊の本堂と禅室は、奈良時代に智光をはじめとする僧たちが住んでいた僧房を鎌倉時代に改築したものである」との事。この様に奇しくも當麻寺に続いて本尊が曼荼羅の元興寺を訪れる事になったのですが、こちらの方は遥かに小規模なものではありました。
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