岩殿山山頂から、西側の浅利登山口を目指して歩き始めました。
この先、馬場やら何やら岩殿山城時代の遺構が色々残っています。
少し下ると、ふれあいの館からの登山口と合流しますが、もちろんそちらは通行不可。
更に西へ。
高度を下げて行くと、築坂峠。
ここからは峰続きの天神山となるよう。
さほど難所ではないものの、鎖場も何ヶ所か有りました。
やがてこのコース後半のハイライト稚児落としへ。
断崖が続く場所ですが、なんでも落城の際、泣き止まぬ稚児をここから落としたという話が有るのだとか。
本当?
1582年、武田勝頼は織田信忠らに圧迫され、新府城を出て籠城の為岩殿山城へ向かいますが、小山田信茂が離反し、岩櫃山城へ逃げる途中に天目山の戦いで敗死しました。
その後小山田信茂は織田信忠に人質を差し出そうとしたところ、拒否され処刑されたそう(異説有り)。
この信茂の妻子の逃亡時、まだ稚児だった信茂次男がこの話になっているようですが…
ここから南、次いで西に向きを変え高度を下げて行きます。
木々の間に屋根らしき物が見えてきたと思えば、間も無く桂川の脇へ出ました。
あとは舗装路を歩き、中央道の下を潜って駅へ戻ります。
これは鮎釣り?
8月には阿波おどりやかがり火などのお祭りが有るよう。
駅近くからだと、右側の岩殿山と、コルを挟んで左側の天神山の姿がよく分かります。
こちらは御太刀塚(みたちづか)、御立が転じて御太刀になったそうですが、よく分からない(´・ω・`)?
大月駅には南口しか無く、踏切を渡る際、そんな本数が有る訳でもないのに、寸前で警報器が鳴り始めてしまいました(。>д<)
まぁそこまで焦ってないし…と待っていると、カンカンカン…という警報音が、カンカンカ…と突然切れて遮断機が上がりました。
えっ、何で?
何も通過していないのに(@ ̄□ ̄@;)!!
ひょっとしたら、黒騎士ファウストが乗る幽霊列車でも通っていたのでしょうか(´・ω・`)?ミエナカッタゾ?
といったところで、駅前まで戻ってきました。
そして本日のメインイベント、ほうとうです!
赤坂のほうとう天地は偶に行っていますが、やはり本場甲斐国で食べるほうとうは格別!
本場のほうとうは、何年か前に河口湖近くのほうとう不動で食べた時以来でしょうか。
満足満足!
ところで、この蚊除けブレスレット(コンパスではない方)をしていたのですが、今回虫に悩まされる事は皆無でした。
とは言え、そもそも蚊や虻などを見かけていないので、コレ自体の効果が有るのか無いのかは不明のまま( ̄▽ ̄;)
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