最近やっと「個性的な役者さん」として見れるようになったんだけどね。
最初は映画とかTVとかで顔見るのもいやだったの。
なんか変な感じ、たぶんすごく変な人で、
某秘書官じゃなくけど「隣に住んでいたらいや」とか「職場にいたらいや」な感じ。
その印象があってたわけね。
普通の生活で普通のコミュニケーションはできないのね。
そう考えると、つい最近見た映画「アイアムまきもと」が思い浮かぶ。
イギリス映画の「お見送りの作法」のリメイクなんだけど、
阿部サダヲが主人公の「市役所お見送り係」の牧本を演じる。
身よりなく孤独死した市民の後始末をする係だが、担当は牧本ひとり。
はっきりとは語られないけど、市民課の課長さんがなんとなく
「こいつはこういう仕事を、ひとりで、しかできない」とほのめかす。
「こういう仕事」は「相手は死人」で「基本的に家族はいない」で、
連絡するのは「おなじみの葬儀屋さん」と葬儀場くらい。
葬儀をする義務はないのだが、牧本のこだわりで自費で葬儀をし、
無縁仏の納骨所に骨を運ぶのはなるべく遅くする。
(万が一にも家族がお骨を引き取りたいと言ったときのため)
仕事も特殊なんだが、牧本が何より特殊なのよね。
もとになったイギリス映画の主人公も同じような設定だけど、
あっちは「単純に家族がいなくてもともと孤独な男」で
たまたま友人がいなかった、自分で作ろうともしなかっただけ、って感じ。
孤独死した男の娘さんと「知り合い」になると、
慰めてあげたりお墓の世話をしたり、
家に来るというので紅茶を入れるカップを買ったりしている。
いかにもうれしそう。
牧本は、誰かと話をしていると自分の言いたいことだけ言ってしまって、
コミュニケーションになってない。
悪気はないけど他人に合わせることができない。
自分のやりたいことは絶対にやらないとダメ、という自閉症チックな変人。
映画としてはまあまあですが、
これに出てくる牧本と阿部サダヲは、たぶんかなり似通った人間な感じ。
個性的な役者は、やっぱり一般人からすこしかけ離れてるんだろうな。
もちろん「すごくいい人、普通の人」な役者さんもいないとは思わないけど、
本当に「ごく普通の一般人」にはできないことをやってるから役者なわけで。
「アイアムまきもと」は阿部サダヲを主人公にしたくてあて書きした台本。
監督さんがそういう役をやらせたかったんだろう。
自分自身が「そういう人間」でも役者として「役を演じる」のは
「自分の本来の顔を表に出す」こととは違うから、たぶん大変だったと思うけど。
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https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=7316877
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