地元津田沼駅北口を出ると、目の前に見えるのが津田沼パルコ。
1977年7月にオープン、以来45年余に渡り津田沼北口の顔でした。
そのパルコも今月いっぱいをもって閉館します。
(店内に展示されているレゴブロック製自由の女神像)
今ではそんな事も有りませんが、私も大学〜前職の頃は服装に対する拘りが有りました。
と言っても、パルコに入っているようなお店で買う事はあまり無かったように思いますが、それでもパルコが有る事は、船橋市民の誇りみたいなところが有ったし(津田沼の大部分は習志野市ですが、パルコの大部分は船橋市)、私ばかりでなく、世間的にもあの頃のように衣料に多額の金額をかける…という時代でもないでしょう。
しかも、ネットでの買い物も当たり前だし、率直に言って、津田沼辺りではパルコや丸井の需要はもう少ないだろうな…と思っています。
思い起こせば、かつては屋上に自由の女神がおわしたそう。
デパートやスーパーなど、たいていの大型量販店では屋上へ行けた時代ですが、当時パルコの屋上へ行った記憶は無し…自由の女神も駅からチラリと望んだ程度で、間近に見た事はたぶん有りません。
そして駅とパルコの間、現在はバスターミナルの上をペディストリアンデッキが渡っていますが、かつては低層の路上店が並んでおりました。
ここの吉野家で買った牛丼を、津田沼駅ホームのベンチに忘れて来てしまった事も有りました。
おそらく小5か小6の頃と思います。
最近だとB館6階の献血ルームや、地下のワクワク市場で惣菜やお弁当(もちろん安くなったヤツ)を買うのに使う程度でしょう。
そして営業が28日までという事は、今日を入れてあと25日。
25はフランス語でvingt-cinq(ヴァンサンク)、偶然にもあの名画のような名前( ̄▽ ̄;)
そのパルコ、駅に近い側のA館、通りを挟んでその北側のB館からなっていますが、うちB館はviit(ヴィート)という商業施設となるそう。
おそらく建物もそのまま使うという事でしょう。
因みに献血ルームは継続するよう。
しかし、A館の話はまだ出てきていません。
こちらはどうなるのか…
仮に壊して建替えるとすれば、両館の連絡通路も無くすのでしょうか。
やはりタワマンとかかなぁ…
さて
30余年前、少年チャンピオンで連載されていた「たまねぎぱるこ」、その主人公の名前が正しく津田沼ぱるこでした(⌒0⌒)/~~
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