11月22日(火)鑑賞。客はまばらだった。
劇場で予告編を見て「これは絶対に地上波放映しない」と思い、観に行った。
公式
https://happinet-phantom.com/achira-oni/
【物語】
「髪を洗ってやるよ」。
それは、男と女でいられる最後の夜のことだった。
1966年、講演旅行をきっかけに出会った長内みはると白木篤郎は、それぞれに妻子やパートナーがありながら男女の仲となる。もうすぐ第二子が誕生するという時にもみはるの元へ通う篤郎だが、自宅では幼い娘を可愛がり、妻・笙子の手料理を絶賛する。奔放で嘘つきな篤郎にのめり込むみはる、全てを承知しながらも心乱すことのない笙子。緊張をはらむ共犯とも連帯ともいうべき3人の関係性が生まれる中、みはるが突然、篤郎に告げた。「わたし、出家しようと思うの」。
原作 wiki
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?&oldid=92435153
【レビューに書き漏らしたこと】
・トヨエツは「めちゃくちゃ女心をそそるクズ男」を演じさせたら天下一品。
・「小梅太夫みたいな扮装でストリップを踊るトヨエツ」が観られる。笑
・白木(トヨエツ)がみはる(寺島)の髪を洗うシーン、あの洗い方は嫌だ。笑
・井上荒野氏によると、井上夫妻と寂聴師は「一緒の墓に入っている」という。
・原作の単行本帯書きに、寂聴師は「作者の父井上光晴と、私の不倫が始まった時、作者は五歳だった」「モデルに書かれた私が読み傑作だと、感動した名作!!」「作者の未来は、いっそうの輝きにみちている。百も千もおめでとう」と大賛辞を寄せた。
【参考】好書好日 2019.02.08 原作者インタビュー
作家・井上光晴とその妻、そして瀬戸内寂聴…長い三角関係の心の綾
井上荒野さん「あちらにいる鬼」 より
https://book.asahi.com/article/12122549
タイトルのために、普段から気になる言葉をメモするようにしているんですが、そのメモに「愛の鬼」という言葉があったんですよね。後から見て「愛」という言葉は使いたくないなと思いましたが、「鬼」というのは面白いなって。寂聴さんから見たら母のことかもしれないし、母からみたら寂聴さんのことかもしれない。父が鬼ごっごの鬼であるというイメージも浮かびました。「今、鬼はあっちの人のところにいる」みたいな、ね。
自分や家族のことを振り返ったというよりは、自分にとって小説を書くとはどういうことなのかを考えました。やっぱり小説を書くって、自分の一番見たくないところがどうしても露わになってしまう、すごく怖いことなんだと思いました。それでも書くんだよ、とも思ったし、だからこそ書くんだな、とも思いましたね。
書いてよかったなと思います。
【関連】映画『瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと』 2022年08月04日 より
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1982945650&owner_id=1833905
「天衣無縫」とはこうした人のことを言うのだと、寂聴さんを観て思った。

寂聴名言集より (一部を再掲)
(出家したいと泣く女性に説法)
「尼になるのだけはやめときなさい。尼になる気があるなら何でも出来るわよ!笑」
「情熱を持って生きないとつまらないでしょ」
「情熱のあるところに仕事や恋愛は来る」
「自分に情熱を掻き立てないとダメ。
生きようと思ったら、行ったら怖いと思った方へ行った方がいい。
生きた、と思って死にたいのならば厳しい道を行くべきです。」
「ものを書くには色気が要る」
「恋愛とは落雷のようなもの。もう打たれるしかないんですよ。笑」
「恋愛は、どんな本や学問よりも人間を成長させます」
「生きることは人を愛すること」
「私は出家して以来、セックスだけはしていない。カツラかぶって男遊びしているんだろうと悪口を言う人たちもいたけど、気にしなかった。仏様は、私が守っていることをちゃんと知ってくれているから。言っとけ!と思ってた。笑」
https://mixi.jp/view_item.pl?reviewer_id=1833905&id=5408343
いやはや、恐れ入った。これが「ほぼ実話」とは。
なんと懐の深い女たちであろう。感服した。
呆れるほど女癖の悪い、はっきり言って男のクズだが、不思議とチャーミングな小説家を中心に、女たちの「互いを認め合う同志のような、奇跡的に美しい関係」が築かれる。
それが成立するには、女たちそれぞれが肝っ玉と能力と思いやりを兼ね備えていなければならない。(最初に出てきた愛人はつまらぬ凡人だったから、妻との間に奇跡的な関係が成立しなかった)
夫を掌に載せて自由に遊ばせる本妻は、夫のゴーストライターとして筆を振るう女だった。彼女の力量は夫以上だったらしい。広末涼子は、底知れない妻の複雑な心情を、表情や佇まいで絶妙に表現していた。(ただし、台詞は大根)
人気小説家の愛人(寺島しのぶ)は、華やかで情が濃く、意思の強い、きっぱりした女。夫と娘を捨て、若い男と暮らしていたが、関係を精算。妻ある小説家との恋に生きるように。だが、やがて自ら決断し「現世で死んで男との関係を断ち切る」道を選ぶ。「そうしないと(いくじなしの)男からは関係を切れないから」。得度前に2人が一緒に入浴し、男が女の髪を洗う。ああ、髪とは愛欲(煩悩)の象徴なんだな、と見て納得した。
地毛を潔く丸刈りにした寺島しのぶは、相変わらず天晴な女優ぶり。得度してからの物腰や話し方が、生前の寂聴さんそっくりで驚いた。(物真似ではなく、ナチュラルに寄せていた)
でも、私が一番驚いたのは、観賞後にタイトルの意味を調べて「原作者は瀬戸内寂聴ではなく、井上光晴の実子である井上荒野氏」だったと知った時だ。
えーっ、母親と愛人の関係を、ここまで赤裸々に書いてしまうとは!!
なお、井上光晴の妻と寂聴さんは死ぬまで仲が良く、荒野氏が本作を執筆した際は寂聴さんが「なんでも聞いて。全部話すから」とノリノリだったそうだ。
「物書きは、鬼のすなるもの」という言葉を、昔読んだのを思い出した。
なるほどな、と妙にしみじみ納得した。
実話とリアル剃髪のインパクトで★4.8くらい、四捨五入で★5を進呈する。
Filmarks レビュー
https://filmarks.com/movies/102788
映画.com レビュー
https://eiga.com/movie/97037/review/
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