千葉県と東京を結ぶ大動脈である京葉道路。
日本最初の実質高速道路などと呼ばれる事も有りますが(正しくは名神が最初)、順番はともあれ、交通量も重要性も極めて高い道路である事は間違い有りません。
その京葉道路、船橋市と習志野市のちょうど境界となる位置に花輪ICが有ります。
直接には県道船取線との交差部ですが、実質R14や東関東道やR357との連絡を兼ねており、渋滞の名所となっています。
余談ですが、小三の社会科副教材「わたしたちの船橋」の年表に、「京葉道路谷津ICが完成」という項目が有り、この谷津ICというのが地図に見当たらないが、花輪ICの事だろうか?何故違う名称が書かれているんだろう?
そんな疑問を感じておりました。
さて、
この「花輪」という名称ですが、付近にその地名は残っておりません。
ICや花輪川などにその名を残しているものの、古い字、小字だったという話も聞きません。
丘のような意味の言葉とも言われ、ここでは船橋競馬場北の高台を指すのだとも…
或いはかつてこの地に有った花輪城に由来するとも言われているそう。
この花輪城もその存在が確認されている訳ではないのですが、東船橋7丁目の茂呂浅間神社がその跡とされています。
先日の日記に書いた東経140度線がこの茂呂浅間神社辺りを通っており、去る土曜日に周囲を色々歩いてみました。
スタートは京成の船橋競馬場駅。
名前のとおり、船橋競馬場やららぽーとの京成にとっての最寄り駅ですが、どちらもJR京葉線南船橋駅の方が近く、船橋競馬場前にはこれといったモノは有りません。
そして駅近くに有るこちらの「はやし田」というのはラーメン屋さん、昔は宮本食堂だった場所です。
以前は会社帰りに宮本食堂へ寄った事も有りますが、いつの間にか無くなっていたのは残念(。>д<)
さて駅前の千葉街道を少し津田沼方面に向かうと、京葉道路花輪ICへ向かう道が右へ分岐します。
この辺りが東経140度であるそう。
しかし、それを示すようなモノは、本当に何も有りません。
踏切を渡り、進学校として有名な県立船橋高校(スポーツで有名な市立船橋高校=イチフナとの区別で、ケンフナと呼ばれています)方面に向かいます。
その途中を左に曲がると東船橋花輪緑地。
ここには、かつて凌雲荘という別荘だったそう。
先日、ネットで初めて知りました。
次に行ったのは茂呂浅間神社。
前述の花輪城跡とも言われている場所です。
この辺り、海側からだんだんと高くなっていく中でも、神社は一際盛り上がった位置であり、城かそれに準じるようなモノが有っても不思議ではないかもしれません。
この茂呂浅間神社の北隣は宮本中学校となっており、この西端に真名井という井戸の跡が残っています。
弘法大師が地面に錫杖を突き立てたところから水が出て井戸となったという伝説が有るよう。
緯度経度地図によると、この宮本中学校や茂呂浅間神社の辺りに東経140度線が通っている事になっていますが、そこから200m近く西に有る宮本小学校には東経140度線上である事を示す碑が有るとのこと。
子午線にそんな幅が有る筈は無いですが…(・_・?)
学校の中に入る訳にはいきませんが、ひょっとしたら外側からそれを確認出来るような位置に無いか?と、こちらも一応見てみました。
残念ながら、外側からだとそれらしいモノは見当たらず(。>д<)
という事で、結局東経140度線の謎は解けぬまま。
なにやらしっくりしない想いを残しつつ、以前から気になっていた、御成街道沿いの日枝神社に寄って帰宅しました。
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