思慕

中島みゆき様の「ホームにて」も
稲葉喜美子様の「夜汽車」にも
愛しい人を想う気持ちや
本当は 自分も一緒に同乗したいけれど
いまは まだ…の気持ち

わたしの初戀相手の父は
三男坊の末っ子で
跡継ぎでなないから
自分の母親に可愛がられ
貧しいながらも こころ豊かに育った 少年のままで
去年の春に旅立った

わたしの父の初戀相手は
わたしにとっては祖母で
わたしの母にとっては義母で

わたしの記憶の中では いつも
普段着の安い着物を身体に馴染ませて
安い補聴器をつけて
「あ"〜っ、なに"〜？」
自分の悪口を言うのは誰か
この家の見張り番は私だ…みたいに
頭と意思のハッキリした
背中をまるめた ちいさな おばあちゃんだった

父の初戀相手が亡くなった夜
毅然と振る舞う伯父や父とは異なり
伯母は サメザメと泣き崩れ
散々 泣き腫らしたあと
嘘のように御飯や御菓子をバリバリ食べて
オツマミの品評までして
いつもの伯母ちゃんに戻って
勇ましく帰っていった

亡き人を哀しませない為に
出来ることも人それぞれ



それでも わたしは
父が望んだ おさないままで

父は初戀相手のひろげた両手にくるまって
おもいっきり堂々と
おばあちゃんではなく おかあさんと言えて
自分のために夜鍋をする おかあさんを
早く寝かせる為の勉強法と集中力とを身に付け
春日八郎氏や三橋美智也氏を聞きながら
やがて おかあさんの為に
美空ひばり様の 楽曲を 歌唱しているかも知れないと


おとうさん、
初戀相手に 逢えましたか？

初戀相手は
いまも あなたに やさしくて
いまも あなたと話をあわせるために
蒲団の上で正座して
なめまわすようにして
新聞を 読んでいますか？
あなたを横目に
あなたの為の浴衣の為に
手ぬぐいを合わせて
チクチクと手拭いの夜鍋を続けていますか？

あちらの世では
自分のためだけに
素直にわらって 泣けていますか？


あなたにあてた
わたしの手紙

片想いでも
あなたの こころ
たましいに
とどきますよう



お父さん、
あなたの子どもは
いまだに
おてがみすらも
音痴です