横浜市港北区に有る小机(こづくえ)城址へ行って来ました。
その名のとおり、JR横浜線小机駅の近くです。
この小机城は、一つの和歌で広く知られています。
小机はまず手習ひのはじめにて いろはにほへと ちりぢりになる
この歌を作ったのは江戸城の築城者としても名高い太田道灌、南総里見八犬伝にも登場する関東管領扇谷上杉定正の家宰として辣腕を奮った、関東戦国初期の武将です。
大変有能な人でしたが、それを鼻にかける傲慢さが多くの敵をつくり、最後は主君の定正によって誅殺されました。
これは扇谷上杉家と対立する山内上杉家の差し金などとも言われているよう。
それはそうと、先の歌を詠んだのは長尾景春の乱のさなか、道灌が小机城を攻めるた際、味方の士気を高める為に詠んだそう。
とすれば、一般的な「歌」とは意味が違いますが、これも一種の軍歌と言えるでしょうか。
尚、蛇足ながら、日本初の軍歌は戊辰戦争時の官軍で歌われた「宮さん宮さん お馬の前にヒラヒラするのは何じゃいな」でお馴染みトンヤレ節とされています。
さて件の和歌、習い事を始める小机や「いろはにほへとちりぬるを」を掛け合わせた、ユーモアの有る秀作だと思いますが、これから攻める敵の城は習い事の始めのようなチョロい城だぞ!という意味にとれ、士気を高める為とは言え、やはり道灌の性格を表したものと言えるかもしれません。
こういう人が、例えば後世の織田信長の臣下であったとしたら、その才能を存分に発揮していたかも…と夢想しますが、しかし明智光秀同様、何処かで袂を分かっていたかもしれません。
それが明智のような反逆か、佐久間のような放逐かは分かりませんが。
そんな太田道灌に率いられた軍勢によって、小机城は落とされます。
その後は北条の城、そして廃城となったようです。
何はともあれ、船橋大神宮の朝市に寄ってから、小机城へ向かいました。
横浜まで横須賀線、横浜線に乗り換えて5駅目の小机駅で下車。
サッカーっぽい青い恰好の人多いなぁ…
電車に乗っているうちから、そう思っていたのですが、コンコースの窓から外を見てその理由が分かりました。
日産スタジアム最寄りの駅だったよう。
とすると、青いウェアは横浜マリノス?
サッカーはよく知らないので、この辺りはよく分かりません。
私にとっては、サッカーよりも城址です。
そしてかつて小机城が有った城山は、駅から既に見えています。
登山口までは、徒歩5分くらいでしょうか。
少し登って行くと、すぐに本丸広場方面と二の丸広場方面に分岐が有り、その前が大きな空堀となっています。
先ずは本丸広場へ。
そして二の丸広場へ向かいます。
曲輪と曲輪の間にも大きな空堀が有ります。
とは言え、全体の縄張りとしては、さほど大きな城という訳でもなさそう。
写真では分かり難いですが、この城山を第三京浜道路が大きく切り通しています。
階段を下りて行くと、第三京浜道路の下にボックスカルバートが口を開けていたので、反対側へも行ってみました。
やはり階段が有り、登ってみましたが、道以外はこれと言った物は有りません。
といったところで引き上げました。
小机駅から引き上げに入るまでで約45分です。
終わり無き
戦の続く
坂東に
武者らが叫ぶ
小机の歌
さて
先ほど来た道を駅に向かうと、パトカーが何台も来ており、単車が1台倒れておりました。
交通事故?
ただ、怪我人などは特に無さそうで何よりです。
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