「間違いだらけの作文とコメディ映画のこと」の章
軍医(外科)
「戦争が終わりました…政治指導部に呼び出されます。
ドイツ軍の負傷者の世話をしてもらう。
私はそれまでに兄を二人殺されていました。できません。
やらなければならないんだ、これは命令だ。」
「私はその負傷者たちの治療をし、やらねばならないことはすべてやりました。
でも難しかった。彼らに手を触れ、痛みをやわらげてやるなんて。白髪ができました。」
看護婦
「ドイツで…私たちの病院にもドイツの負傷者がたくさん入ってきました…
私がはじめて扱ったドイツ人の負傷者を覚えています。
その人はもう壊疽がはじまっていて、片足切断手術をしたんです。
夕方、様子を見に行きました。
彼は目を覚ましていました。私をじっと見つめて、小さなピストルを差し出しました。
さあ、と。何かドイツ語で言っています。学校で習った乏しいドイツ語の知識では、
お前らを殺そうとしたんだ、今度はそっちの番だ、と。
部屋を出ながら、知らないうちに涙が浮かんでいることに気づきました。」
政治指導員
「学校に通っていたとき、私たちのところにドイツの小学生の訪問団が来た。
その子供たちといっしょに劇場に行ったり、歌を歌ったりした。
一人のドイツ人少年を覚えています。とても歌が上手だった。
私たちは仲良しになって、私はその子に恋心を抱いたくらい。
戦争の間中思っていたわ、もし戦争中にあの子にあったらどうしよう。
まさかあの子がこのドイツ軍の中にいるなんて。」
「ある時、畑を通るとそこは戦闘が終わったばかり。
味方の死体は収容したのだけれど、ドイツ人のは残っていた。
倒れている死者の中にあの子がいたような気がした、よく似た青年が。
その人を見降ろして長い間立っていた。」
高射砲兵
「ある兵士のこと、なんて説明したらいいのかしら。
家族の者はみな死んでしまったんです。その人、頭がね…アル中だったかも。
勝利が近づいてくるにつれ、みな、ますます飲むようになったんです。
どこの家だって、地下室にはいくらでもお酒がありました。
ウォッカを、これでもかこれでもかと飲んでました。
その彼が機関銃を持ってドイツ人の家に飛び込んでいったんです。
そして銃を乱射した、誰も彼を止めるのに間に合いませんでした。
駆けつけると、その家のものはみんな倒れていました。子供たちも。
彼は機関銃をとりあげられて、縛られました。本人は、自殺させてくれ、とわめいて。
裁判で銃殺と決まりました。かわいそうだった。みんな彼に同情していたわ。」
地下活動家
「私は銃を撃つこと、手榴弾を投げること、地雷を設置することを覚えたの。
でも、4年間のうちに、戦争のうちにすっかり文法を忘れてしまった。
大学受験の作文は子供がやりそうな間違いだらけ。
私を救ってくれたのは戦争でいろいろ受けていた褒章、それで大学に入れてもらった。」
「夜ごと悪夢にうなされていた。ナチスの親衛隊、犬の吠え声、
死んでいく人たちの断末魔の叫び、死んでいく人たちはよく何かつぶやいている。
これは悲鳴より怖い、そういうことがすべてよみがえってくる。
銃殺に連れていかれる人、その人の目に浮かんでいる恐怖。
最後の最後まで信じることができないでいる、最後の瞬間に両手で自分をかばう。
毎朝、私の頭はこういう悲鳴でぱんぱんにふくれあがっていた。」
「医者は学業を続けることを禁じた。でも学生寮の仲間の女の子たちが、
医者の言うことなんか聞いちゃダメよ、と、みんなで面倒をみてくれました。
毎晩交代で、無理やりにでも映画に連れ出してくれたんです。コメディーを見に。
笑うことを覚えなけりゃね、たくさん笑うことよ。
コメディーは少なかったので、どれも少なくても100回は見たわ。
最初のうちは、笑うより泣いていたわ。でも悪夢は見なくなって、勉強できたんです」
衛生輜重
「戦後は産科に助産師として勤めましたが、長くは続きませんでした。
血の匂いのアレルギー、体が受け付けないんです。
戦地であまりにたくさん血を見てしまったので、もう我慢ができなかったんです。
産科をやめて、救急車の勤務に移りました」
「赤い布で上着を縫ったら手に何か斑点ができてきたんです。水泡が。
赤い更紗でもバラやカーネーションでも赤は私の体が受け付けなかったんです。
今でも家には赤いものは何もありません。」
「人の血というのはすごく鮮やかな赤です。自然界だって、画家の絵にだって
あんなに鮮やかな赤はありません、ザクロのジュースが少し似てるけど。」
看護婦(外科)
「戦争中、こっそり語り合っている内緒話が聞こえた。
夜になると、あるものは通路でタバコを吸っている、寝ている者もいれば
眠れないで起きている者もいる。トハチェフスキィのこと、ヤキールのこと、
数千人が姿を消してしまったこと、数百万人が!
どこに行ってしまったの?ウクライナ人たちはコルホーズに追い立てられたときの
ことを話している、弾圧された、と。スターリンが飢餓をもたらした、と。
スターリンのことを疫病神と呼んでいた、と。飢餓に見舞われて村がいくつも全滅し、
餓死した者たちを葬る人さえ残らなかったと。正気を失った母親がわが子を食った、と。
ウクライナの土地はあんなに地味がこえていて、棒切れを突き刺しても芽が出るのに。
捕虜になったドイツ人たちはウクライナの土を荷造りして家に送った。
それほど肥えた土地だった。黒土の層が1メートルはあった。
そんな内緒話、ひそひそ声で。」
(今回で引用の紹介は終了)
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