高校生の頃から、アレルギーによる痒痒に悩まされています。
加齢と共に症状が改善する事も有ると、その頃から聞いていましたが、どうもまだまだ加齢が足りないよう。
特に気温が上がり、汗をかく時期は痒みが出易く、通常1錠/日のところ、2錠/日飲まねばならない事もしばしば。
手元にヤクの在庫は有りましたが、念の為、早めに皮膚科へ行っておく事にしました。
いつものように、0555に起きてネット予約。
0600と同時に手続きするのですが、同じ事やる人が多いようで、60〜70番くらいで診察室に入るのが午後になってしまうのが普通です。
しかし、この日は珍しく28番という若い番号でした!
診察&会計を終え、近くの薬局でヤクを受け取っても、まだ1100チョイという早さ!
ふと思いついて、近くの八幡神社と倶利伽羅不動によってみました。
八幡神社は写真を撮り忘れましたが、「奉納 近藤勇」の札が有り、なんと新撰組局長が!と書いていた神社です。
(その時の写真)
八幡神と言えば応神天皇、武神でもあります。
そして倶利伽羅不動尊。
不動尊と言うからには寺院でしょう。
何度か来ていますが、堂宇らしきものは見当たらず…
これは本堂という雰囲気じゃないし?
調べてみると、倶梨迦羅不動尊は寛文9年(1669)建立。
1kmほど離れた場所にある補陀洛山光明寺の飛地境内という事です。
なるほど!
光明寺は行った事有りますが…そうだったんだ!
知らなかった(>_<)
敷地内に有る、通称ドーナツ池は前原川の源流であり、海老川を経て東京湾に注いでいます。
海老川合流点からこの辺りまでは何度か歩いているので、前原川遡上歩きも行っていた事になります。
そして倶利伽羅とは、サンスクリット語で黒竜を意味するようですが、一般には源平の戦いの一つである倶利伽羅峠の戦いが広く知られています。
木曾義仲の源氏軍が、牛の角に松明をくくりつけて放ち、平氏軍はそれに追われて悉く断崖から突き落とされて敗北した…
長らくそのように言い伝えられて来ましたし、私が小学校で習った時もそう聞きました。
しかし、今の教科書を調べた訳ではないですが、最近ではそれは創作と言われているよう。
角に松明を付けたのでは前に突進しないだろうとか、荷役に大切な牛をそんな使い捨てするかとか色々有りますが、味方への危険も大きいというのは説得力有る意見です。
なるほど確かに…
中国戦国時代における火牛の計にヒントを得て、後の人がそう言い始めたという事でしょうか。
そんな諸々を思いつつヤクを服用。
それにしても、どこまで加齢すれば痒みが治まるのか…
全く因果な事です(>_<)
ログインしてコメントを確認・投稿する