※画像は山口二郎先生
※この随筆は2018年3月16日に執筆したものに加筆修正しました。
( ^_^)ノおひさ〜!
みなさん、元気でしたか?
ところで今日は何の日か知ってる?
( ̄ー ̄)ムフフ
憲さんのお誕生日ね
ということで、今日は憲さんの日々随筆特別版を送りますね!
また、ちょっと長いけど是非読んでくださいね!
以下、はじまり、はじまり〜!
この前の日曜日の東京新聞本音のコラムに法政大学教授で政治学者の山口二郎さんの「文明対野蛮」というコラムが掲載されていた。
山口二郎さんといえば、どちらかといえばマトモな学者と思っていたのですが、彼にしてこのような有害な言説を流布するのを看過するわけにはいかないので、ここに批判をしていきたいと思います。
参考
↓
【山口二郎】
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E4%BA%8C%E9%83%8E
まずは、そのコラムの全文です。
いつものように、憲さんのチャチャ入れ付き(→以降)で掲載します。
以下
「安部首相が明治維新を称揚するのは、この変革によって日本が近代国家になったからだと推察する。」
→「この変革」とは「明治維新」のことね。この「明治維新」以降の明治政府による富国強兵政策により日本が西洋列強にも比肩する「近代国家」になったことを、他の負の面にはホッカムリして称揚しているのは安部政権の現在の十八番(おはこ)政策であり、それは安倍の施政方針演説の中にもよくでてますな。
参考
↓
憲さん随筆アーカイブス 「賊軍」よ、永遠なれ! 安倍晋三の尊崇する吉田松陰とは何者なのか?松陰著『幽囚録』を読む
https://hatakensan.cocolog-nifty.com/blog/2021/05/post-4431d6.html
しかし、まさか山口先生はそうは思っていませんよね?
「近代国家を成り立たせる本質は何か。それは、君主制であれ民主制であれ、為政者がほしいままに権力を振るうのではなく、人民を支配する為政者といえども憲法や法律にのっとって権力を行使する点にある。」
→うーん?「近代国家」ってなんなんだ?
で、調べてみた。
【近代国家】
中世封建国家や近世の絶対主義国家の崩壊後に成立した国家。国民の代表機関である議会制度,統一的に組織された行政制度,合理的法体系に基づく司法制度,国民的基盤に立つ常備軍制度などが整備され,中央集権的統治機構をもつ国家。
(三省堂大辞林より)
→で、山口先生が言ってるのは「立憲主義」のことね。
最近はやりのキーワード。
じゃ、「立憲主義」ってなによ?
で、調べてみた。
【立憲主義】(りっけんしゅぎ、英: Constitutionalism)とは、政府の統治を憲法に基づき行う原理で、政府の権威や合法性が憲法の制限下に置かれていることに依拠するという考え方。「憲法に立脚する」という意味合いである。
(ウィキペディアより。)
まー、近代国家は立憲主義に則って運営されている。
これは、常識ですな。
で、山口先生のコラムを続けて読んでみよう。
「明治憲法も日本が野蛮なサムライ支配の国ではなく、法に基づいて支配が行われる文明国になったことを示すために、首相の尊敬する維新の功臣が必死で作ったものである。」
→Σ( ̄□ ̄;)ハッ!
↑
でたっ!
ここよ!ここ!
問題点は!
山口先生がいいたいのは、江戸時代=封建国家=野蛮なサムライ支配=暗黒の社会。
明治時代=立憲国家=文明国=日本の夜明け
何言ってるんだよ?
ん〜?
まてよ?
この議論どっかで聞いたな。
Σ( ̄□ ̄;)ハッ!
そうだ!
これは今年の東京新聞新年号の社説に載って、憲さんがコテンパンに批判して粉砕した思考停止型薩長史観万歳!司馬史観そのものじゃないのよ!
参考
↓
憲さん随筆アーカイブス 憲さん、2018年のはじめに考える−会津戊辰戦争敗戦150周年の節目の年を迎えて
https://hatakensan.cocolog-nifty.com/blog/2020/11/post-ffa6b6.html
そんな、明治憲法って素敵な憲法なの?
それが立憲主義に則ってるから?
よく読んでみて。
明治憲法を!
で、その憲法下で何が起きたかよく考えて!
大逆事件もあの糞憲法の下ででっち上げられたのよ?
参考
↓
【大逆事件】
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%80%86%E4%BA%8B%E4%BB%B6
【幸徳事件】
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B8%E5%BE%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6
話はちょっと逸れるが、最近のニュースでオウムの死刑囚数人が各地の拘置所に移送され、すわっ!処刑間近か!との観測が流れているよね。
同時に13人を大量に処刑するのは1ヶ所では無理なので、各地に分散するそうであるが、13人もの死刑を同日に執行すればこれは戦後初ではないだろうか?
参考
↓
オウム死刑囚7人、移送開始 東京拘置所から全国5カ所
https://www.asahi.com/articles/ASL3G3DRHL3GUTIL007.html
※注、これについては、同年7月に二日に分けて麻原彰晃はじめ13人の死刑が執行された。
参考
↓
死刑確定囚13人、全員執行 オウム真理教事件
https://www.asahi.com/articles/ASL787HXWL78UTIL01K.html
今の日本とは未だにこんな「大量処刑」を行い得る「野蛮」な「近代国家」なのであるが、この「大量処刑」で思い出したのが、明治11(1878)年に起こった近衛兵の反乱、竹橋事件である。
憲さん竹橋事件はもちろん、知っていたが「兵の反乱」ということに起因し、あまり関心を示していなかったのだが、平均年齢が24才にも満たない若い兵士が天皇に対して反乱を起こし、そして鎮圧され53人もが大量に銃殺刑に処せられたのである。
参考
↓
【竹橋事件】
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E6%A9%8B%E4%BA%8B%E4%BB%B6
(ちなみに、この大量処刑地が江東区の門前仲町からほど近い越中島である。)
参考
↓
竹橋事件処刑場跡
https://blog.goo.ne.jp/jingo17/e/e460bfe5ac31168f99af5304cea0f8ea
なんともショッキングな事件であるが、あまり語られることがない。
しかし、この竹橋事件、よく調べてみると2・26事件とはその様相を異にしているようだ。
その核心がこの竹橋事件とは、実はある意味、革命であったのかもしれないのだそうだ。
竹橋事件とは近衛兵たちの反乱である。彼らは兵士であるけれども職業軍人ではない。徴兵された兵士である。別の言い方をすれば強制的に兵士として国に召し上げられた人たちなのである。当然のように、戦争になると彼らは最前線に送られる。1年前の西南戦争では、彼らは体を張り、命を賭けて戦ったのである。彼らは真っ先に報いられるべきであった。
ところが、報いられたのは軍の上層のものたちで、懲兵された兵士たちには何の恩典もなかった。賞与がないばかりか、給与までも下げられた。ただでさえ低い給与がさらに下げられたのである。兵士たちは不満だらけであった。この不満がマグマとなって噴き出したのである。
そして、その中には国そのものを変えてやろうといういわゆる革命的な思想もあったそうである。
そして、それが自由民権運動に繋がる要素もあったわけである。
明治11年と言えば、秩父事件の6年前である。
この事件の顛末は当然秩父の山あいにも届いていたであろう。
この、竹橋事件もう少し掘り下げて研究する価値があろう。
参考
↓
岩波現代文庫
火はわが胸中にあり―忘れられた近衛兵士の叛乱 竹橋事件
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784006031732
【書評】「火はわが胸中にあり」 澤地久枝著 岩波現代文庫
https://blog.goo.ne.jp/uemura1048/e/88042a1a08d31a626220c6ea39f9c086
で、この竹橋事件を弾圧し、大量処刑を断行したのも、「明治」という「輝かしい」「近代国家」を作り上げた長州閥の山縣有朋なのだから、恐れ入る。
参考
↓
【山縣有朋】
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E7%B8%A3%E6%9C%89%E6%9C%8B
明治という「近代国家」の化けの皮がこういうところにも如実にあらわれているでしょうに!
山口先生よっ!
(´Д`)=*ハァ〜
ということで、
山口先生!
お前もか?
って、憲さん泣きたくなっちゃうよっ!
これについての歴史観はいま東京新聞の中でも考え方が割れているようですな。
今回の山口先生や元日の社説は「薩長史観」を“是”とし、「明治」という時代を肯定的にとらえている。
これに対して我らが「特報部」は反「薩長史観」の急先鋒である。
ちょっと古いが6日の「こちら特報部」のメイン記事の見出はこうだ。
「『明治150年』史観の危うさ、一方的な日露戦争礼賛、植民地支配触れず、民衆運動弾圧の闇も、狙いは『行政権力の拡大』、『見たい歴史』以外にも目を」である。
さすが!特報部。
記事は明治大学の山田朗教授(日本近現代史)へのインタビューで構成されている。
※文末に全文採録。
この記事では、以前憲さんが触れた安倍が敬愛して病まない吉田松陰の「幽囚録」が紹介され、その対外侵略剥き出しの凶暴さを指摘している。
参考
↓
憲さん随筆アーカイブス 「賊軍」よ、永遠なれ! 安倍晋三の尊崇する吉田松陰とは何者なのか?松陰著『幽囚録』を読む
https://hatakensan.cocolog-nifty.com/blog/2021/05/post-4431d6.html
(前出)
そして、その思想を引き継いだのが山縣有朋であり、奴らが「明治」という時代を作り上げたのだ。
そして、山田教授は明治を読み解く三点セットとして、「日露戦争」「植民地支配」「言論弾圧」をあげている。
そして、山田教授は改憲議論で進められている「国家緊急権」に明治の「戒厳令」と同じ臭いを嗅ぎとり、究極の「行政権の拡大」と看破している。
さすが!学者!
こういう人こそ真の学者さんと言うんじゃなかろうか?
ね?
山口先生よっ!
この、「こちら特報部」毎日必ず小さな囲みで「デスクメモ」が載るのだが、今回のメモがまた面白い。
短いので紹介しよう。
「首相は『長州の明治150年』批判を意識してか、会津藩出身で東京帝大総長になった山川健次郎の名を挙げた。だが、山田教授によれば、これとて『薩長だけでは全国統治には人材不足で、旧幕府出身者をテクノクラートに採用しただけ』という。『脱明治』こそ検討すべき課題だ。」
だって!
そうだ!「脱明治」だよ!
脱明治!
さすが、東京新聞!
抱き締めたくなっちゃうね
おっと、また、脱線した!
話をもどそう。
コラムには、「(明治憲法は)首相の尊敬する維新の功臣が必死で作ったものである。」
って書いてあるけど、これって、伊藤博文だろ?作ったの。
こいつテロリストだよ。
参考
↓
憲さん随筆アーカイブス 国学者塙次郎はなぜ殺されたのか?
https://hatakensan.cocolog-nifty.com/blog/2021/04/post-676e3e.html
で、権力奪取したら、自分のいいように好き勝手に作ったのよ。明治憲法を、奴は。
さらに山口先生のコラムを読み進もう。
「今、安倍政権の下で起こっているのは野蛮国への逆行である。」
→なんだよ?「野蛮国への逆行」って?
江戸時代への逆行っていいたいの?
それとも戦国時代?
平安時代も相対的に平和が続いたっていうけど、憲さんこれは眉唾物だと思ってる。いくら、対外戦争がないといっても、映画の『羅生門』観たらね〜。あれは野蛮だよな〜。
参考
↓
【羅生門 (1950年の映画)】
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%85%E7%94%9F%E9%96%80_(1950%E5%B9%B4%E3%81%AE%E6%98%A0%E7%94%BB)
憲さん随筆
ドイツの大聖堂に落書きをしたら世界に対して謝罪せねばならないのか? 『室町は今日もハードボイルド 日本中世のアナーキーな世界』を読んで考えてみた
https://hatakensan.cocolog-nifty.com/blog/2022/02/post-5bc584.html
ここで、またまた、話がちょっと横道に逸れるが、この山口先生のコラムが掲載された同じ日の東京新聞の書評欄に伊東潤さんの『修羅の都』の本人インタビュー記事が載ったのよ。
参考
↓
【修羅の都】
https://itojun.corkagency.com/works/shuranomiyako/
この伊東潤て、歴史小説家知ってる?
参考
↓
【伊東潤】
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E6%9D%B1%E6%BD%A4
憲さん以前図書館で借りた『敗者烈伝』って本ではじめて知ったけど、なかなか面白かったよ。
これね
↓
【敗者烈伝】
https://bookmeter.com/books/11023518
で、この『修羅の都』っていうのは源頼朝と妻の政子の物語らしいのだけど、伊東さん曰く「武士の時代はどのようにして生まれたのかと考えて書き始めたのがこの作品」だったらしいが、そのインタビュー記事の中に興味深いのがあるのよ。
ちょっと長いが引用するね。
記事曰く
「鎌倉時代から徳川幕府が崩壊するまで、七百年近く続いた武士の世とは何か。
『それまで、京都の公家や大きな寺社に奪われていた収穫物を、実際に生産した人たちの手に取り戻そうとして頼朝は挙兵した。開発領主であった武士たちの多くは農民と一緒に田畑を耕しており、つまりは額に汗して働いた者が報われる世をつくろうとしたのです。やがて武士が搾取階級になってしまうとそれが変質し、外圧もあってたちゆかなくなったときに、西郷らによって倒されたのです。』」
これこそ、歴史を教科書通りではなく、立体的に捉える考え方じゃないの?
サムライ=野蛮なんてのは薄っぺらいレッテル貼りに過ぎないのよ。
武士の出現もはじめの動機は正しく歴史的必然であった。頼朝も挙兵の動機は正しく、だから石橋山の戦いで破れた後、真鶴から安房に流れ着いて、安房→上総→下総→武蔵→鎌倉と進撃していくなか「開発領主」を糾合し、そして鎌倉幕府を打ち立てた。
しかし、権力は必ず腐敗する。
頼朝もそうであったし、七百年続いた「武士の世」もそうであった。
しかし、それを倒した「西郷ら」が作った明治の世も必ずしも正しい世ではなかったのよ。
伊東さん、続けてすごく正鵠を射ていることを言ってるよ。
「それから百五十年。額に汗した者が報われる社会は実現したのか。伊東さんは『今の政治はそうなっていませんね』と話した。」
でしょ。
今の世の中、佐川みたいな卑劣漢な小役人が税務長官になれるんだから、そうでしょ?
参考
↓
憲さん随筆アーカイブス 憲さんまたまた東京新聞“発言”欄に掲載される! 官邸茶坊主小役人佐川宣寿の国税庁長官就任を許すな!
https://hatakensan.cocolog-nifty.com/blog/2022/04/post-f46d12.html
佐川っていえばこれもちょっと古い東京新聞ネタなんだけど・・・。
東京新聞朝刊に「この人」っていう話題の人物紹介コーナーがあって、3月8日には、「震災から再起、最高のノリ作りに挑む相沢太さん(38)」が紹介されてたのよ。
この人すごいよ。
記事曰く
「東日本大震災の津波で宮城県東松島市にあった自宅の船、いかだを失ったが(中略)再起した。(中略)2011年3月11日が訪れた。漁師仲間が津波にのまれる中、漁協の屋根に上がり助かった。妻と娘も無事だったものの、残ったのは軽トラック1台だけ。くじけなかった。『俺たちには海しかない』。ノリに比べ経費がかからないワカメ漁から始めようと、残った軽トラで奔走。道具を調達し、生き残った仲間と海に出た。ためた資金と国の補助金で12年秋、ノリ漁を再開」したそうである。
憲さんこの記事読んで泣けたね。
こんな根性のある、立派な漁師がいるなら、日本も捨てたもんじゃないと。
で、憲さんがこの紙面みて一番感心したのは、その紙面レイアウトね。
この感動的な記事の上におなじくらいの大きさの囲みでこの記事。「佐川長官への批判『お答えできない』国税庁、出先に納税者対応求める」だと!
これは佐川がまだ長官辞める前ね。
で、下の人物紹介記事と同じように佐川の写真がでてるのよ。
片や震災に遭い絶望の底から歯をくいしばって這い上がってきた不屈の海苔漁師。
片や政権に尻尾をフリフリ公僕の国民に奉仕する精神も投げ捨てる権力の茶坊主小役人。
佐川は福島の出身で同じ東北人だが、その品性の下劣さと卑しさがあのオドオドとした面(つら)によく現れていますな。
この、レイアウト、東京新聞あきらかに狙ったと憲さんは思ってます。
Σ( ̄□ ̄;)ハッ!
また、話が脱線した!
話をもどしましょう。
で、野蛮国ってなによ?
やっぱり、侍がチョンマゲつけて大小二本刺ししてた、江戸時代なんでしょ?
(´Д`)=*ハァ〜
思考停止。
想像力の欠如・・・。
ま、いいや。
コラムの続き・・・。
「国有地を首相夫人が名誉校長を務める学校法人にタダ同然で譲渡するのは犯罪行為である。この件を『特殊』と表現した公文書を改竄したならば、それはもっと悪質な犯罪である。労働法制の立法に当たり、政府の言い分を正当化するように調査データを捏造するのも罪である。」
↑
これはご説ごもっとも。異存ありません。
小学生でもわかるわな。
で、続けて山口先生・・・
「法への敬意、廉直、客観性の尊重など近代文明を支えてきた徳目が消滅すれば、いきつく果ては専制国家である。」
↑
Σ( ̄□ ̄;)ハッ!
今度は「専制国家」なんて言葉がでてきたよ。
なんなの?「専制国家」って?
で、調べてみた
専制政治(せんせいせいじ、英語:autocracy)とは、支配者が独断で思いのままに事を決する政治である。専制支配(せんせいしはい)、若しくは専政とも称される。英語の「autocracy」は、直訳すると「我がままな支配」「自分勝手な政治」となる(auto=自分。cracy=政治、支配)。
支配者層と被支配者層とが身分的に区別されていた社会において、身分的支配層が被治者と無関係に営む統治の仕方である。
独裁政治との違い
専制政治と独裁政治は混同される事が多いが、実際には明確な違いがある。上記の通り「身分的支配層が被治者と無関係に営む統治」が専制政治である。それに対して独裁政治は、国民の大多数の支持によって権力を付与された独裁者による政治であり、つまり統治者と被統治者の身分が同一なのである。国民の支持が得られず、弾圧などの行為に走る独裁者も存在するが、民主的手続きや国民の支持は形式上であっても尊重する。
それに対して専制政治の場合は、身分が確立しており、統治者と被統治者が完全に分離している。支配者の地位は国民の支持ではなく、血統など別の理由によって保証される。そして専制君主によって国民の弾圧が行われた場合、それは身分を固定する手段としてなされる。
以上、ウィキペディア。
ん?
てことは確かに江戸時代は徳川家の「専制政治」だわな。
しかし、今の安倍がやろうとしているのは「専制政治」ではなく「独裁政治」じゃないのかな?
どーなのよ?
それに、専制政治ってそんなにダメなものなの?
憲さんは江戸時代の封建的専制政治なら“是”だけれどね。
( ̄ー ̄)ムフフ
で、さらに先生のコラムを続けて読む。
「安部政権こそ、先人が百五十年かけて築いてきた立憲国家、法治国家を破壊している。」
→Σ( ̄□ ̄;)ハッ!
ここで、またでてきたよ!
明治以降の近代国家日本は良かった史観!
先生のいう“先人”て前出の伊藤博文とその仲間たちだろ?
やつらの作った明治憲法って、「立憲主義」だからそんなにいいものなの?
そんなによかったの?
だったら、それこそ今からでも大日本帝国憲法に改憲しちゃえばいいじゃないのよ!
いっそのこと。
憲さん、前にも書いたけど、誤解を恐れず言うなら、あの立憲主義かなんだか知らないけど、糞明治憲法なら、まだ武家諸法度のほうがましじゃないかと思うね。
参考
↓
【武家諸法度】
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E5%AE%B6%E8%AB%B8%E6%B3%95%E5%BA%A6
あの糞明治憲法下でどれだけの日本のそしてアジアの民衆が塗炭の苦しみを味わったか知らないはずがないでしょ。
山口先生が!
憲さん、これを今年の東京新聞の新年社説を批判するときにも言ったけど、安倍の信奉するところの「明治維新百五十年万歳史観」と同じ土俵で安倍を批判してもなんの説得力も力もないのよ。
それは、長州出身の安倍の「薩長史観万歳」のロジックに絡めとられるだけよ。
だって、奴はあの『明治維新』を成就させた、長州藩の「吉田松陰」の申し子の系譜なのだから。
だから明治憲法も明治も肯定的に捉え、その延長線上に今の社会を置いて語るでしょ。
それに乗っかって批判しても駄目なのよ。
これに対して斬り込んでいける歴史観、それこそが反「明治維新」史観であり、もっと言えば「賊軍」史観なのよ。
いつも憲さんが声を大にして言っている。
これしかないのよ。
コラムの続き・・・
「首相が日本を愛するというなら、率先して疑惑解明の指揮を執るべきである。このまま法体系の崩壊を放置するなら、首相こそ最大の反日政治家という汚名を着ることになる。」
→こんな「反日政治家」なんて今流行りの「反知性」的レッテル貼りしたって、安倍にとっては痛くも痒くもないでしょ。
だって、ネトウヨの間じゃ、山口先生自身が「反日」知識人なのだから。
こんな反知性な「反日」のレッテル貼りに対して、『「反日」で何が悪い!俺は賊軍だ!』のカウンターを喰らわす勇気と心意気こそが、今は必要だと私は考えますが、みなさんはいかがお考えでしょうか?
どーよっ?
どーなのよっ!
(´Д`)=*ハァ〜
今回も長くなってしまった。
Σ( ̄□ ̄;)ハッ!
でも、山口(先生)=長州!
どうりで、長州贔屓なはずです。
お後がよろしいようで。
m(_ _)m
※文末の画像はくだんの記事群
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