さて、御都合主義である事が物語を詰まらなくする決定的要素ではない。それが証拠に御都合主義の権化のような作品でも面白いものは沢山ある。その代表的なものは、代表的なものは、と思った所ではたと考え込んだ。
確かにあったはずである、何であったかをもんもんとしてある夜更けにそれは本宮ひろ志の作品群である事にやっと気づいた。それ以外の作家でもいる、世界中にその手の物語はある。たぶん間違いない。
ではその御都合主義を覆い隠すまでの面白さの秘密はどこにあるのか。現実にはどのようなドラマであっても多かれ少なかれ、御都合主義は潜む。もしその情報があるなら、犯人はそのようには行動しない、その情報に従うなら明らかな矛盾がある。
しかしそれが世界観を壊さないのは、その情報が最後まで伏せたままにあるからだ。つまり、隠し続ける意図が製作者側にはある。そして鑑賞者はそれを知らぬまま物語の起伏に従う。
丁度、高くから落下する程、重力の加速度が大きく作用するように、隠された情報はこの高低差の前では無視し得る。そして落下速度によって、その矛盾に気付くのは全てが終わった後である。
これだけ苦労して手にいれたぶどうを今さら酸っぱいなどと呼べるか、これは酸っぱい美味しさなのだ、というのが人間の自然である。今更あの面白さを返すなど出来るか、この矛盾は演出の綾という事で丸め込まれよう。今となっては気にしないのだ、となる。
本宮ひろ志の名作と言えば、男一匹ガキ大将であろう。この後から考えれば荒唐無稽さであっても、作中では頁をめくる手が止まらないのである。人間鉄橋、上等である、心頭滅却すれば人はまた鉄より強しである。
まだ、生きてる… などは作品のメッセージがあらゆるものを隠してくれる。人の気持ちが力の源である。飛行機ごと突っ込んでも沈没させてやる、ミッドウェー海戦前からそういう気持ちで戦っていたゼロの白鷹、暴力さが無縁である良品、おそらく高い支持は得られていない万年雪のみえる家、スポーツを通して雄々しい性愛を描いたさわやか万太郎、どれも素晴らしい作品群である。
だが、この作品のリアリティを支えているのは、間違いなく彼の絵柄であるし、ネーム構成にある。だから、彼の作品で実写にしても通用するのは俺の空だけのはずである。サラリーマン金太郎は、相当に漫画的な描き方をしなければ成立しなかったはずである。ドラマは見ていないからなんとも言えないが。
後から冷静に振り返れば、その魅力は圧倒的な勝利にある。読んでいる時はそのカタルシスに酔いしれるのだが、よく考えるとそれはどれも圧倒的な資産や生まれ持った肉体という背景がある。もともと権力を持っている側の押し返す力に圧倒されているだけなのである。だのに読んでいる時は努力や挫折や人間性に惹きつけられるのは如何。
実写になるほどリアリティは難しい。岡目八目、百聞は一見に如かず、映像の力は人間が本来もっている視覚の生理である。故に強力だ。東日本大震災で本当の映像に触れた後ともなれば、相当の映像を持ってこなければリアリティは獲得できない。
2021年10月7日22時41分に震度5強の地震であっても、首都圏の交通網は運用停止に追い込まれた。再開までの時間も長く必要であった。時間帯の不幸もあって帰宅困難者もたくさん発生した。
鉄道が止まれば人は自動車に頼るしかない。自動車はあっという間に一般道を埋め尽くすのは誰もが経験している事である。そうなれば抜け道を知っている程度でなんとかなるはずがない。平常の一日でさえこの混乱である。
一日で関東が沿岸部が沈むならどういう映像がなければならないか。もちろん、その答えは空想の中にしかない。しかし、死者が数万で済むとは思えないし、倒壊するビルに巻き込まれた人、海に飲み込まれた人、沈下するに伴う海水の流れ込み、その流れは鳴門の渦潮のようにあらゆるものを吸い込こうとする。
もちろん、主人公がそこで魚の餌になるのもシナリオとしては有りだが、通常はどのような手段に訴えてもそうはしない。よって、主人公は地割れに飲み込まれるが幸運にも助かるのである。
避難所では公衆電話を巡って大人が子供を非難する。当然である、おかあさんがいないと泣いて電話を離さないような子供なら、沖縄地上戦なら殺されても文句はいえない。
苦境になればなるほど、最大効率を目図すしかない。その過程で弱者から離脱してゆく。先に富める者から先に富んでゆく、先富論を掲げた��小平はもちろん、弱者見捨てるなんて言えないからドアだけを開けた。それが実現したから習近平は共同富裕を持ち出した。
被災者に寄り添うために、誰もいない道を一台の車が走行する。そんな馬鹿な、以外の感想が湧かない。途中で車を乗り捨てる。ならば、その前に乗り捨てた人がいたはずなのである。首都圏に何千万の人間が住んでいると思うのか。主人公が考える程度の事なら百万人は思いついている。予算の都合、分かりやすさのため、想像力の欠如、御都合主義に陥るくらいなら描かない方がいい。
首都圏から避難所を訪ねようとする人間がふたりというのは、果たして現実的か。もちろん、最後にそこに援軍が来る事を待つためのストーリーからの要請なのである。だから他の人はいざしらず二人はそこにいなければならなかった。
ドラマというものは必ず一話完結的でなければならない。この波の繰り返しが次第に巨大な波になって大団円を向かえる。つまり松山ケンイチと小栗旬が和解するために避難所である必要があった。そのためには、道中二人旅は架空でも致し方ない。だが、ふたりに限定するにしても他にも人がたくさんいるんだという描き方は出来たろうとは思う。詰めが甘い。
漫画ならばそれが簡単なのである。漫画のコマ割りがそれを可能にする。外界を完全に遮断すれば読者は勝手に想像で埋める。しかし実写ではそうはいかない。道端に生えている小さな花からさえも季節を感じる、地域が判明する。全ての雑草を刈り取れなどと言われたら、ならアニメで表現しろと反論したくなるであろう。現在はSDGsである。
世界を成立させるのは背景の描写である。主人公の会話も、行動も世界の部分である。それら全てを包み込む背景がリアリティを支えている。だからあれだけの大地震にも係わらず青空がいつもと変わらない事に野中広務の心は震えたのだろう。
一端、関東は沈まないという事になった。もちろん、沈める気なのだから、次にやっぱり沈むという展開である。この時に、一端沈まないと宣言した事が恐らく様々な非難や対立を生むのだろう。
如何なる御都合主義を持ち込むにしても構わないが、御都合であるならあるほど巧みに隠さないといけない。その情報がある限り、絶対に人間はそうは動かないというものがある。だから、その情報は隠さないといけない。最後まで明らかにしてはいけない。
日本沈没に関する限り、一億人の避難を一年以内にする気だろう。受け入れる国はどこになるか。企業の資産は全て失われる。美術品は可能な限りくれてやるしかない。国を失った人の悲劇は今の難民のリアルとして知っている。古くならユダヤ人が有名だろう。
そういうリアリティはいらない。社会に何かをコミットする必要もない。小栗旬が人々に訴える姿に感動して欲しいんだ、そういう思惑で脚本を書いているなら、そのXdayに向かって御膳立てをきっちりと準備しないといけない。
とりあえず、日本全体が沈むという関東よりも巨大な衝撃に対して、どのように人々を纏めるか、という事になるのだろう。どうやって人々に訴えるのか。給料を払う国さえ消えてしまうというのに。そこが、まぁ見ものとなるか。その時の松山ケンイチの存在感、いや、そろそろ日本でも屈指の名優、中村アンの存在感が大きくなってきている。
彼女が活躍する一話がどこかにあるはずである。例え、最後にビルの下敷きになって潰れるとしても。
ログインしてコメントを確認・投稿する