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2021年10月22日17:55

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【創造性】『マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”』

 
10月20日、シネリーブル梅田で鑑賞。お洒落な客たちが詰めかけていた。
いつも通り全身ユニクロの私は、はっきり言って「浮いていた」。爆


公式 https://www.uplink.co.jp/margiela/



しがない庶民の私でも知っている伝説の天才デザイナー、マルタン・マルジェラ。

高級セレクトショップで見かける、足袋ブーツやJapaneseバッグ。
お気に入りのYouTuber「ネットでポチり隊」さんが紹介するアーカイブ。

 初期マルジェラ大公開! https://youtu.be/cuL0eBLCMxk
 マルジェラを永遠に紹介しつづける男 https://youtu.be/uDcJB3MHkbY


決して人前に姿を現さない謎のマルジェラが、「手と声だけ」とは言え出演して
自らを語り尽くすという。ドキュメンタリー好きには見逃せない作品だった。

終映後、シアターから出てきた客たちはゾロゾロと物販コーナーに列をなした。
皆、パンフとポスター2種を購入している。釣られて私も列に並び、パンフを購入。
久々に買った映画パンフはアップリンクの制作で充実した内容、読み応えあり。



WWDの記事が、本ドキュメンタリーのアウトラインを上手くまとめてある。

 https://www.wwdjapan.com/articles/979489

なので、この日記では、記事にないが私が感銘を受けたことについて記録したい。

マルタンは年代別にきちんと整理された白い管理ボックスから資料を取り出しては
その時期のエピソードを丁寧に語った。常に穏やかな口調で、時々笑っていた。



マルタン・マルジェラは1957年4月9日生まれのベルギー人。
一人遊びが好きな大人しい子供だったという。
両親は理髪店を営み、マルタンがよく懐いていた祖母は仕立屋だった。
祖母は大胆な人で、ある日突然、髪を金髪に染めて高々と結い上げたりしていた。
(この説明をした時に使った自作の着せ替え台紙は、色彩センスが秀逸だった!)

幼いマルタンは仕事する祖母の傍で遊び、よく質問し、端切れで遊んでいた。
(端切れを貼ったデザインブックは、子供が作ったとは思えないセンスだった!)

7歳のある日、マルタンはTVでクレージュのレトロフューチャーワンピを見た。
夏物なのにブーツを履いていた。しかも、オープントゥのブーツだった。
なんて自由! マルタンは感心し、バービー用ブーツの爪先に穴を開けた。

自分がやりたいのはこれだ!
母に聞くと「パリのファッションデザイナーよ」と教えてくれた。

別の日、雑誌でカルダンのミニスカワンピを見て、彼は衝撃を受けた。

マルタンは祖母に頼んでバービー用のカルダンワンピを作ってもらった。
また、彼は「作った服に合わせて」バービーの髪を酢でピンクや紫に染めていた。
(マルタンの母は女性にウイッグを売っていた)

ある時、家に遊びに来た両親の友人が「将来何になりたいの?」と訊いた。
内気な少年は、はっきりと「パリのファッションデザイナー」と答えた。
友人は戸惑い、両親はうろたえた。「おかしな話はやめなさい」。

栴檀は双葉より芳し。
確かルブタンも10歳頃からハイヒールのデザイナーを目指していた。

その後、マルタンはバルドーに熱中した。
気ままで、スタイリッシュで、フランス的。
完全に自由で、自分らしくて、まぶしい女性が彼の憧れだった。

マルタンが初めて作ったバービー用の服はサンローラン風ロングブレザー。
10代の男の子が作ったとは思えないスタイリッシュな作品だった。



アントワープ王立芸術アカデミーに進んだマルタンは服飾史の授業が好きだった。
リメイクの授業ではキッチンタオルの形と柄を生かしてジャケットを作った。
後の「ソックスセーター」(軍用ソックスをセーターにリメイク)に通じる発想。

アカデミーの学生たちはエキサイティングなゴルチエのショーに憧れていた。
クラス全員がヨーグルトの蓋で入場バッジを模造し、ショーに潜り込んだ。

1984年、マルタンはゴルチエのアシスタントになる。1987年に独立。
メゾン・マルタン・マルジェラ(MMM)共同創設者はジェニー・メレンズ。
美的感覚が似ており、日本人デザイナーが大好きな点も二人の共通点だった。

当時はコンクリートの内装に黒の什器が流行っていた。
それを変えたくて、マルタンは路上やバザーで集めた什器を白く塗るか覆って使った。

また、消費者がブランドネームで盛り上がる時代だったことに反発し、「白タグ」をブランドの目印にした。背中側の四隅を留めた糸が「マルジェラの服」と認知されるのには時間がかかり、愛用者はよく「ゴミがついてますよ」と人から注意された。


1988年からショーに参加。
初めてのショーは1970年代のムード漂う劇場で開催。縁起のいい場所だった。
モデルの顔を布で覆うと、服とその動きの印象が際立つ。斬新なアイデアだった。
白いランウェイに出るモデルたちには赤いペンキを踏ませて歩かせた。

シルエットにおいて彼が大事にしたのは「肩」と「靴」。足袋シューズが誕生した。
当時の流行に反し、肩パットは小さなものを首に寄せて付け、スカートはロングに。

1990年のショーでは「自然な女性」をテーマに、路上でモデルをスカウトした。
素人のモデル起用はマルタンが先駆者だった。歩き方も「そのままで完璧」と。

駐車場や子供が遊ぶ空き地を会場にするなど、大胆不敵な挑戦もした。
モデルたちにパチョリの香りを纏わせ、観客に笑顔を振り撒くよう指示。ウケた。

彼の作品は、古着やビニール袋など、慎ましい材料で作られたものが少なくない。
大胆かつ反骨的なアイデアで既存の価値観をひっくり返すところが面白いと思った。

1993年10月のショーでは、過去10回のコレクションの「ベスト版」を披露。
時流に反する「マルジェラ・スタイル」を確立したものの、
今度はそれが模倣されて流行するようになり、マルタンは苦しみ始めていた。

エルメスがMMMにコラボを持ちかけてきた。
高級品で大切なのは「上質と快適の完璧なバランス」と「普遍性」。
マルタンは素材・形・仕上げにこだわり、色彩を排してシンプルな服を製作した。
しかし、これが世間に理解されなかった。シンプルを「退屈」と評価されたのだ。

会社は急成長し事業拡大、ディーゼルが出資して大株主になった。
メンズ"ワードローブ"も手がけるようになり、オートクチュール週間に参加した。

だが、慣れたやり方を続けてきたマルタンは「飽きて」きていた。
ショーのネット配信による情報拡散の速さにも途方に暮れた。
そして2009年、突然の引退。



「今は絵を描き、彫刻を作り、創作に勤しんでいる。
 すごく楽しい。独りでいるのは最高だ。
 誰にも気兼ねせず、ただ好きなことをしている。いつ何をしてもいいんだ」

と現況を語るマルタン。監督は彼に問うた。

「ファッションで全てを語れましたか?」

「いや」

即座にそう答えると、マルタンは分厚い黒縁のウェリントンフレームを机に置いた。
このフレームが似合う男性を私は想像した。長身で面長、先生のような佇まい…。



姿は見ていないが、マルタンの雰囲気はドリス・ヴァン・ノッテンを想起させた。
穏やかで繊細で誠実なホルツェマー監督の影響もあるか。あれはいい作品だった。

https://mixi.jp/view_item.pl?reviewer_id=1833905&id=4388885


2021年10月。

マルタン・マルジェラは現代アーティストとしてデビューした。
アントワープを拠点とする現代美術ギャラリーとの契約が報じられた。
彼の今後の活躍を楽しみにしたい。

https://www.fashionsnap.com/article/2021-10-05/martin-artist-debut/



http://mixi.jp/view_item.pl?reviewer_id=1833905&id=5225424

マルタン・マルジェラって実はチャーミングな人物だった!

シャイで優しくてユーモアのある「普通の人」だった。
しかも、ボックス整理の達人(笑)。
J.P.ゴルチエのアシスタント時代、若きマルジェラは散らかりまくっていたアトリエを几帳面に整理整頓して師匠ゴルチエにたいそう感謝されたという。

語り、手の動き、それに子供時代からの作品を見れば、彼の人柄や人生観や才能の凄さはよく分かった。「公の場に登場せず、インタビューや撮影にも応じない、謎の天才デザイナー」という伝説は、事実そうだけど真実からはズレているなと思った。マルジェラは気難しい孤高の人ではない。彼が街でスカウトした素人モデルたちは皆「彼は優しかった。モデルを人間として繊細に扱ってくれた」と語っていた。

インタビューの間、マルジェラはずっと機嫌良く、慎ましく、そしてリラックスしていた。ホルツェマー監督を心から信頼しているのが伝わってきた。かつて同監督が密着したドリス・ヴァン・ノッテンに通じる雰囲気を感じた。

突然の引退から10年以上経って、なぜ彼は本ドキュメンタリー企画に応じたのだろう? その動機は2019年日本公開の『We Margiela マルジェラと私たち』(私は未見)と関係あるかもしれない。本人不在で制作されたドキュメンタリーの内容に、彼は納得がいかなかったのではあるまいか。

百聞は一見に如かず。
これはとても貴重なドキュメンタリーだ。
ファッションにさほど興味がない人でも面白く観られると思う。



【関連日記など】

ライフ・イズ・カラフル!未来をデザインする男 ピエール・カルダン 2020年10月
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1977227026&owner_id=1833905

ファイア by ルブタン 2014年1月
http://mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=1833905&id=1919183090

イヴ・サンローラン 2014年11月
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1935259749&owner_id=1833905

ディオールと私(ラフ・シモンズ) 2015年3月
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1940282248&owner_id=1833905

We Margiela マルジェラと私たち 2019年2月 レビュー
https://filmarks.com/movies/81440
https://eiga.com/movie/89975/review/

ファッション業界のマルジェラファン代表、UA栗野とミキオサカベが
映画「マルジェラが語る"マルタン・マルジェラ"」を考察
https://www.fashionsnap.com/article/movie-pickup-september/


本編冒頭映像・6分
 


マルタンマルジェラ ファーストコレクションを目撃した唯一の日本人・平川武治
 




2024.4.4. 追記

マルタンの写真を偶然発見。やはり長身痩躯、面長で骨っぽい感じの人だった。
 https://youtu.be/ed-bdCwA3LE


【革命者】謎の多いマルジェラの衝撃エピソード50連発
 https://youtu.be/uhQJ02Lqv2E

【全てわかる】マルジェラの番号の意味やブランドライン、デザイナーの秘密など
 https://youtu.be/Xl3oBfP4xBc


 
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