直接震災にあって被害受けた人間にとっては、
忘れたいことだらけ。
忘れたいけど忘れられないことだらけ。
どうせ忘れることはできないが、
無理に思い出したくない、という理由で
いわゆる「震災遺構」のすべては一度は壊される方向で話が進んだ。
でも、それでいいの?
ワシがこの土地に引っ越してきたとき、
物珍しくて海岸沿い道路をずいぶんドライブしたんだが、
道路わきの休憩所で車を止めるとたいてい崖の上で、
休憩所のすみ、崖のきわに石碑があったよ。
「津波はここまできた、ここから下に家を建てるな」と書いてあった。
崖下を見ると、たくさん家の屋根が見えた。
「…いいの?」と思った。
10年前の津波でそういう場所は根こそぎやられた。
「ここは津波来る場所」と知って早く逃げた人もあったが、
そんなこと知らない人間も住んでいた。
震災の記憶、被害の記憶は残さなくてはならない。
きづながどうのという話でなく、その土地にまた津波が来るとき
住んでいる人間を守るため。
震災遺構の多くはそういう考え方で残されたし、
中学生の発案で(今は高校生になっている)たくさんの石碑
「津波がここまで来た、地震のときはここより上に逃げろ」と書いた石碑を
あっちこっちに建てた。
石碑が残ってほしい、大事なことが書いてあるのを忘れないでほしい。
被害を受けた人間はそのうち死に絶えて記憶もいっしょに消える。
残すのは、津波被害を知らない人間を守るためだ。
■「10年間、海に沈んでいた車を引き上げる」アーティストが見た被災地 ヘドロに封印されていた車検証
(ウィズニュース - 09月24日 07:00)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=220&from=diary&id=6678228
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