江坂の宿に泊まり、一晩経った大阪二日目の日。
往路はバス+近鉄名阪特急という経路でしたが、帰路は一気に帰るつもりで1515発のぞみのキップを持っています。
という事で、それまでは観光!
先ずは万博記念公園へ。
江坂からだと、北大阪急行線と大阪モノレールで行く事が出来ます。
モノレールの万博記念公園駅を出ると、モノレール高架の向こうに見えてきたのは太陽の塔!
大阪万博と言えば
こんにちは〜こんにちは〜世界の国から〜♪
1970年のこんにちは〜♪
つまりあれから半世紀以上経っている訳です。
実は、当時私も万博に行っております。
まだ5才の頃ですから親に連れて行って貰ったのですが、記憶に残っているのはほんの僅かです。
大人になってからも、大阪には何度も来ました。
しかしここは万博当時以来初めてです。
どのパビリオンに行った…などは全く覚えてないのですが、やはり太陽の塔は強烈。
些か古びた感は有るものの、そのインパクトは変わりません。
陸橋を渡ると、キップ売場が有ります。
この公園って有料なんだ…と思ったら、どうも公園自体はそうではなく、公園内に有る国立民俗学博物館や日本庭園などが有料であり、そのキップ売場だった…のかな?
あまり深く考えずに買ったキップは、日本庭園のでした。
検札も入鋏も無いゲートを抜けると、遮るもの無く太陽の塔を正面に望めます。
久し振りだね!
半世紀振り!
元鉄鋼館であるエクスポ70パビリオンにて、「プレイバック1970〜大阪万博のあった時代」というのをやっているそう。
そのエクスポ70パビリオンに行くと、まだ早かったよう。
ここは後で来る事にして、園内を散策しつつ、日本庭園へ向かいました。
造り物とは言え、やはり良いですね!
昔から有力者が熱中してきたのも頷けます。
1時間ほど日本庭園を歩きました。
日本庭園を出ると、近くに有るのは国立民俗学博物館。
霊感強い知人によると、展示されている仮面などがヤバいのだとか。
おそらく呪術に使われるような物なのでしょう。
入口で買ったチケットには含まれていないので、こちらは寄っておりません。
春の泉。
この辺り、かつてソ連館が有った場所だそうです。
中津道と呼ばれる道を更に進んで、ソラード(森の空中観察路)へ。
展望台のような階段を登って行くと、森の木々上端辺りを回廊が続いています。
途中に有ったコレ…
座ってみたら、アタマは集音器の高さからはみ出してしまっています。
私が短足胴長という事なのか。
カクカクと曲がりながら、やがて高台へ。
ここにも展望台が有りました。
ここから上津道で太陽の塔裏のお祭り広場へ向かおうと思えば、なんと通行止。
仕方無く上津道を逆に進み、西大路からお祭り広場へ向かいました。
途中では弁慶号風のミニ列車とすれ違い。
そして先送りしていたエクスポ70パビリオンのへ。
「プレイバック1970〜大阪万博のあった時代」です。
800円…案外安いと感じてしまいそうですが、また高度成長期ですから、今とはかなり物価が異なるでしょう。
調べてはいませんが、たぶん今なら5000円以上では?
懐かしい!
直接の記憶が微かと言っても、とんでもない混み具合だった印象は有ります。
そして万博の豪華本みたいなのが家に有り、それをよく見ていたので、パビリオンの名前は記憶に案外残っておりました。
改めて…この頃は日本の未来は明るかったんだなぁ…と
当時と今でどちらが良いかは人それぞれですが、当時が活力に満ちた時代だったというのは言えるでしょう。
この公園自体がレガシーです。
ご時世のお陰か、どこ行っても人少ないな…という印象でしたが、これからもずっと残していって欲しいものです。
このペーパークラフト素晴らしい…
2枚目の写真で左端に有る尖ったのが、先に跡地と書いたソ連館です。
そして4枚目手前で白い湯タンポみたいなのはアメリカ館。
エクスポ70パビリオンを出ると、正面には横向きの太陽の塔。
一瞬、大仏様に見えました。
気づくと、万博記念公園に来てから3時間を超えていました。
時間が有れば大阪城も…と思っていましたが、その余裕ほ無さそう。
と言って、モノレール+北大阪急行線+御堂筋線では時間が余るので、阪急千里線の山田駅まで歩き、次は立体化工事真っ最中の淡路駅で下車。
ここから新大阪駅まで歩きました。
万博記念公園、思った以上に楽しめました!
輝ける
未来夢みた
幼き日
永久に残せよ
昭和のレガシー
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