憲さん随筆アーカイブス
この随筆は2020年1月27日に書きました。
私の同僚で形式的には上司にあたるE氏に以前こう言われたことがある。
「お前に『あなた』と呼ばれるとなんかムカつく。」と。
私は呆気にとられた。
私は「あなた」という言葉は極めて一般的かつ普通な二人称だと確信していたので、この発言は青天の霹靂であった。
そこで調べてみる。
【あなた】
相手の名前に「さん」付けするか、「あなた」とするのが日本語では最も無難な二人称である。ただし、目上の相手には普通は使えない。
本来「あなた」は文語であり口語ではない。それゆえ、文字通りに「あなた」と口にすることは全国的には稀なことで、今でも日常的ではない。
ほー、無難だが目上には使えず、日常的ではないのか?
そっか〜?
確かに目上や仕事上の相手、そして尊敬する人にはさすがに「あなた」とは言わないが、普通気のおけない相手に対しては「あなた」が一般的ではないのかと私は確信してやまないが、E氏は憲さんと同等と見られ「あなた」呼ばれるのを嫌ったのね。と考えるしかありませんな。
しかし、わたしは「お前さん」などと呼ばれるよりは「あなた」と呼ばれるほうがしっくりいきますな。
まー、これはそれぞれの言語感覚における価値観の違いでしょうな。
みなさんはいかがお考えですか?
で、今日言いたいのは「あなた」も含む二人称の話ではなく、一人称単数の話である。
昨日、夜9時からNHKスペシャルをみた。
内容はメキシコユカタン半島沖のジンベエザメの生態についてで、その内容は大変興味深いもので素晴らしかったが、問題はそのナレーションである。
福山雅治なるその雰囲気は憲さんとよく似た俳優?もしくは歌手?がその番組のナビゲーターかつナレーションを担当していたのだが、その一人称がなんと!
「僕」【ぼく】
なのである。
いや、小学生のまさしく「僕ちゃん」ならまだ可愛いげがあろう。
しかし、調べてみるとこの福山なる御仁1969年生まれの御歳50才である。
憲さんと同世代の中年〜初老になりかけの人間が自分をして「僕」とは、違和感がありすぎではないだろうか?
これも言語感覚の問題ではあるが…。
そもそも「僕」の語源や意味を調べてみよう。
以下。
僕【ぼく・やつがれ】
主に男性が私的な場面で用いるが、フォーマルな場での使用も許容される。男性の謙称であり、字義としては「僕(ボク)」は男の召し使いを指しており、女は「妾(ショウ)」を用いる。僕妾でしもべとめかけ、下男下女。『古事記』において速須佐之男命(スサノオ)や因幡の白兎などがしばしば自分を「僕」と呼んでいるが、これは「あ」または「やつこ」と訓じられる。平安時代頃からの文書では「やつがれ」と訓じられていた。かつて「僕」は謙譲語としての敬意が非常に高かったが、武家教養層などの使用を経て、1860年代には謙譲性の低い語となっていった。
以上
と、僕はその字の如く「下僕」の「僕」であり、相当へりくだった超謙譲語がその語源である。
しかし、憲さんがこの一人称にもっとも嫌悪感をいだくのはその「奴隷根性」丸出しの謙譲性だけにあるわけではない。
それは、実はこの「僕」なる一人称はかの憎き長州弁だからなのである!
以下、それが詳しく述べられたサイトより引用
一人称「僕」の普及は、吉田松陰が開いた私塾「松下村塾」に由来するらしいことが分かる。(中略)その妙な学校で、吉田松陰は自らを「僕(ぼく)」と呼んでいた。「僕」とは下僕(しもべ)を意味する「僕」である。「何故、僕なのか?」それには彼の思想の根底にある「一君万民論」が影響している。一君万民とは、ただ一人の君主のみに権威を認め、その下で生きる人民は、身分や貴賎によって差別されないとする思想である。要するに、天皇の下では武士も農民も商人も共に下僕(しもべ)に過ぎないと言うことらしい。この思想に感化された塾生たちは、松蔭を真似て盛んに「僕」と言うようになった。
参考
↓
http://blog.livedoor.jp/t2250maeda/archives/54569732.html
Σ( ̄□ ̄;)ハッ!
やっぱ、「尊皇」思想に基づいた「松陰思想」にまみれた単語なのね?
「僕」って。
少なくとも現憲法下における民主的な一人称でないことだけは確かなようですね。
だから憲さん、子供の頃はともかく、大人になって分別がつくようになってからは、一人称を「僕」とするのは極力避けていますね。
憲さんの場合の一人称はもう気付いていると思いますが、唯一無二の「憲さん」です。
この一人称、なんのケレン味もなく、また慇懃にへりくだった嫌味もない。
大変ストレートで素敵な一人称だと思うのは私だけ?
これこそが、一人称の王道であると確信してやみません。
しかし、この50にもなる福山なるおっさん、自分の一人称を「僕」と称して恥ずかしくないのでしょうかね?
(´艸`)くすくす
それも、聞くところによるとこのおっさん、同じテレビ局で土佐出身の死の商人グラバーの使いっパシリお尋ね者の役(龍だか馬だかよくわからん輩)を演じたって言うじゃありませんか。
だったら一人称は「僕」ではなく「わし」ではないのですかね?土佐弁で。
憲さんは絶対に使わないけど!
少なくとも現代の標準的な大人のフォーマルな場での常識的な一人称は少なくとも「僕」ではなく「私」ではないでしょうかね?
ちなみに、わが愛する江戸弁での庶民の一人称は「あっし」ですな。
これは「わたし」が変化した言葉であるのは言を待ちませんな。
憲さんこれからは「あっし」を使おうかな〜
( ̄ー ̄)ムフフ
どーよっ!
どーなのよっ?
※画像はNHK特集のジンベエザメ(あまり今回の随筆とは関係がありません。)
(´Д`)=*ハァ〜
暇だ。
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