成田山と国際空港で知られる成田には、電車道と呼ばれる道が有ります。
かつて宗吾霊堂と成田山を結んでいた路面電車、成宗電気軌道の廃線跡です。
後に成田鉄道という会社になり、戦時中に不要不急路線として廃線、現在はバス会社である千葉交通となった成宗電軌ですが、「電車道」としてはっきり残っているのは京成成田駅から成田山山門までの僅かな区間のみ。
去る土曜日にそこを歩いてみました。
そうした経緯からか、千葉交通本社も途中に有ります。
トンネルを2つ潜ると成田山の堂宇が見えてきました。
すぐに山門前へ到着〜〜
さて
せっかく歩きに来ているのに、これだけで終わる訳は勿論ありません。
この日のメインイベントは、成田空港南端に隣接する芝山町の航空科学博物館でした。
10数kmという手頃な距離とは言え、先は長いので、山門前にいるのに成田山を素通り(^^;)))
改めてお参りに来ないと…
1040くらいだったでしょうか。
ここから、地図を見ながらひたすら歩きます。
東関東道を渡り、何度か曲がって進んで行くと(この道も同じ成田鉄道の多古線廃線跡だとか)、離陸直後らしい航空機が見えてきます。
デカイ!
しかし、見通し悪い場所だったり、カメラのモードダイヤルが「シーンモード」に動いてしまって出遅れるなどで、なかなかうまいタイミングで撮れません(。>д<)
しかも待っているとなかなか来ない…コロナ禍で減便されているという事でしょうか。
そうこうするうちに、やがて現れるのが三里塚交差点。
そう、成田闘争で有名な三里塚です。
そして、その手前に有るのが三里塚記念公園。
空港以前に存在した三里塚御料牧場由来の公園のよう。
貴賓館の屋根が半壊していますが、昨秋の台風でしょうか。
交差点を左折、空港に沿って進みます。
頻繫という程ではないですが、着陸する機体は迫力満点!
やがて1300チョイに航空科学博物館到着!
ファーストクラスやビジネスクラス。
乗った事は有りませんし、今後も無いでしょう。
乗るとすれば、やはりこちらです。
戦後初の国産航空機YS-11
B747のカットモデルですが、こうして見ると空港の窓からみているよう。
その他諸々
なかなか楽しかった!
さて
地図でこの場所見た時から気になっていましたが、航空科学博物館の駐車場を挟んで、「成田空港空と大地の歴史館」という施設が有ります。
しかしこちらはPRなども見かけず地味…というか、航空科学博物館とは別物?
無関係?
そんなアレコレを思っていましたが、展示物を見た瞬間、この施設の意義が分かりました。
成田空港、旧称新東京国際空港は、羽田空港に替わる国際空港として建設されましたが、反対派との間に長らく闘争が続き、機動隊とデモ隊の激突と流血、京成宗吾車両基地焼き討ち(スカイライナーの放火)、管制塔占拠など、数々の事件を経て開港しました。
空港の表面ばかりでなく、空港前の前史やそうした強制的に土地収用された人、亡くなった人など、空港建設に関わった多くの人の苦労、辛苦を風化させない為の施設なのでしょう。
強行手段の反省というばかりではなく、懐柔策としての面も有るかもしれませんが、そうした上に現在の空港が成り立っている事を保存し、発信し続けているのは有意義な事です。
とは言え、確かに広くPRする施設でもないのでしょう。
入場無料ですが、運営費はどこから出ているのだろう?
空港かな?
といったところで帰路につきます。
同じ道を京成成田まで歩くのは少々長いので、今度は芝山鉄道の芝山千代田駅へ向かいました。
最寄り駅と言っても3kmくらい有りますが、往路に比べれば、どうという事はありません。
これは名前だけで行きたくなります。
露天風呂から離着陸を眺めるのも楽しそう!
年の瀬に
成田の空を
飛ぶ翼
行く年思い
来る年祈る
芝山千代田駅と言ったら、やはり駅前のコレo(^o^)o
ログインしてコメントを確認・投稿する