本日「5.19皇統廃絶クーデター」発生1295日目、「極東戦域核戦争」開戦1248日目、「人民の天皇論」宣撫開始583日目、「日本戦争」開戦283日目(怒)!「緊急連載」北方領土史第23弾、「改訂版」その2。「修正」のための編集方針記載続けます、前回、ケット系徒歩狩猟民(ノマド)アイヌ部族は紀元前1300年頃、姜族(チャイナ・アーリアン≒夏(華)・周)が「傭兵」としてウラルから呼び込んだ匈奴(フン)族東進にともなって北上した
突厥系堅昆族(≒現ハヌカ族)との衝突を避けるために「出エニセイ」
した。そして紀元前1000年頃、匈奴(フン)との対決のための戦力増強のため、アイヌ部族が移住したバイカル湖畔へ侵攻してきた突厥系丁霊族との対決を避けるためチタ近郊で山越えしてアムール水系上流部へと移った。そこまでやった。次のアイヌ的エポックは紀元前600年頃にアーリア系山戎族が壊滅した後興安嶺沿いに北上してきたモンゴル系東胡族(≒現ブリヤート族)がアムール水系上流部へと侵攻してきたときだろう。当然この時も、
ケット系徒歩狩猟民(ノマド)アイヌ部族は一目散に逃げ出した(笑)。
馬鹿にしてるんじゃないよそれが正解(-_-;)。突っ張ってたら100パーセント全滅(-_-#)。「自殺願望」が無いことはよい事です(笑)。そして、ここからの推定が、少し難しい。ここまでの「分析」をまとめると
1、4万年前?〜紀元前1300年頃、アイヌ部族は他のケット系諸族と共には原住地のエニセイ川上流域(クラスノヤルスク近辺)に暮らしていた。
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(紀元前1300年頃、突厥系堅昆族(≒現ハヌカ族)来襲、バイカル湖畔へ退避)
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2、紀元前1300年頃〜紀元前1000年頃、バイカル湖畔で主として漁労して暮らす。
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(紀元前1000年頃、突厥系丁霊族来襲、チタ近郊で山越えしてアムール川上流域へ退避)
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3、紀元前1000年頃〜紀元前600年頃、条件が馬利にも悪いので徐々に下流に移りながらアムール川上流域で狩猟採集生活をする。
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(紀元前600年頃、モンゴル系東胡族(≒現ブリヤート族)来襲、急いで船に乗りアムール川中流域へ退避)
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紀元前600年頃、ケット系徒歩狩猟民(ノマド)アイヌ部族はアムール川中流域(現ハバロフスク近郊)へとたどり着いた。ここで「その地」が無人なら南下して長白山脈一帯に展開しただろう。「狩猟民」にとってはあそこ「最適地」だからな(-_-;)。すでに都市文明も楽浪郡(現ヒョンヤン)に起こってたし「交易」にもとっても便利(笑)。だーがー、
そこには「アイヌの宿敵・満州族(濊貊族)」がすでに展開していたわけさ(黒笑)。
周りには、満州族と同系の「エベン族(沃沮族)」・「ナナイ族(粛慎族)」が展開しており、満州族はすでに冶金技術と騎馬狩猟(巻き狩り)技術を会得した「アイヌの天敵」突厥族そっくりの「騎馬狩猟民」として勃興しつつあった。
ものすげーーーー「心細かった」に違いない(ToT)。
「エベン・ナナイ」両族が7世紀に実際そうなったように「満州族」と合同してしまえば。アイヌ部族は「包囲」されてる現状から「退避」さえできずに「全滅」するのは完全確実保障付きだわな(-_-;)。その上13世紀に仏教化する以前の「満州族」は「羊たちの沈黙」そのまんまの「猟奇的残虐癖」を「濃厚」にもっていたのでなおさらさ(-_-#)。ちなみに、
ハンニバル・レクター・シリーズはサイコ・スリラーとして書き直された「悪徳の栄え」
(「ソドムの120日」と並ぶマルキス・ド・サド侯爵の主著)だ。その辺も少しやんねえとナ(-_-#)。話がずれた元に戻す。こごて極東史を簡単におさらいして行こう。まず、山海関以東(東経120度以東)の極東世界に「都市文明(≒青銅器(合金)技術)」が導入されたのは、紀元前1127年の「殷王国滅亡」に伴い建国された
殷王国の極東亡命政権「箕子朝鮮侯国」が建国された紀元前1100年頃
の話。「箕子朝鮮侯国」と「対」になる殷王国の江南亡命政権が「子姓呉王国」。当然両者の間には「連絡」があって山東経由で「箕子朝鮮侯国」援護のために「子姓呉王国」送り込まれたのがマレーポリネシア系の海洋民「扶余」族。韓国人のご先祖様の一派だね。ルートは主に二つあって
1つは威衛海→海州・南浦へ向かう「直接ルート」
もう1つは蓬莱→旅順へ向かう「満州ルート」
「直接ルート」は倭人対策の兵力増強策、「満州ルート」はチャイナからの侵攻防止を主眼とする偵察・斥候施設設置策。そして紀元前400年頃にチャイナ本土が「戦国時代」に突入すると勃興したモンゴル系東胡族と同盟した「燕王国」が極東に侵攻を開始するわけ。目的は「アンチ匈奴」の「後背地」を造るためだっただろう。そして、紀元前202年チャイナ本土が統一されると、旧燕王国の勢力が極東に亡命政権を作り(衛氏朝鮮王国)、紀元前108年対匈奴戦争の「経済封鎖」のため「大漢帝国」が全面侵攻してきて、
「極東文明」は一挙に「建国ラッシュ」に突入したわけだ。
箕子朝鮮侯国や衛氏朝鮮王国は所詮チャイニーズの亡命者が作り出した「都市国家」。今のシンガポールみたいなもんで「軍事的脅威」にはなりえなかった、が、今度は世界最強の軍事大国の「大漢帝国」(黒笑)。「武装と外交」つまり「国家」を持たなければ「全滅≒皆殺し・奴隷化」の運命が待っている(-_-#)。
最低限この前にアイヌ部族主力はアムール川下流に移動していたはずだ。
「建国期」に旗幟鮮明にしない孤立部族なんぞ真っ先に「攻撃対象」だわな(-_-;)。紀元前600年頃のアムール中流域到達直後から、下流の探索を始め満州族(濊貊族)との交戦を慎重に避けながら「ナナイ族(粛慎族)」・「エベン族(沃沮族)」と激しい「抗争」を繰り返しつつ、紀元前300年頃にアムール川下流域へ到着と推定。紀元前100年ごろから「最初の根拠地」となる樺太に入植したと推定する。
ここで「建国期」の日本人とケット系徒歩狩猟民(ノマド)アイヌ部族は「初めての出会い」
を果たしたわけさ。おそらくは「出雲王国」系の「海人族(海上弥生人)」だろう。樺太アイヌ人が「出雲王国」へ「朝貢」し「同盟関係」を構築したのは以前書いた通り紀元後50年頃と推定。ところが以前書いたとおり紀元200年頃、「出雲王国」は「大和朝廷」に打倒され東北三県(秋田・岩手・青森)の出雲系日本人豪族が「叛乱勢力」として新羅王国(出雲王国の半島植民地)と結んで「抗戦」を継続、「朝貢」ルートを遮断、
崇神期の「丹波・山背(山城)」での戦争は「新羅(≒出雲)」勢力への残敵掃討作戦。
だから大物主(大国主)を「祭れ」さ(-_-;)。日本人独特の宗教的風習「敵への祭祀(≒惻隠の情)」ってわけ。その後大和朝廷は同盟者・筑紫の君(奴国王≒任那王≒金海金氏)保護のため「半島政策」にのめり込み、第12代景行天皇の御世(302?〜329?)に大和武の尊を先頭に「準備」が進められ、第13代成務天皇の御世(329?〜355)の
346年に日本の全面支援下で「韓国(百済王国)」が建国された(近肖古王即位)。
ちなみに「近肖古王」の父「比流王」は第6代馬韓王「仇首王」の子で兄である第7代馬韓王「沙伴王」の死後、傍系に移った「王位」を奪還したことになってるが、即位年が「兄弟」で70年も離れている(笑)。ホントならどんだけ「仇首王」頑張っちゃったんだよ(笑)。当たり前だが、
「比流王」は景行天皇の御世に列島から半島へ送り込まれた「倭人」武将
おそらく「日本皇族」か「その分族」の誰か(-_-;)。それについてはいずれ「俺の推定」を公表する。そして「韓国建国」に大和朝廷(日本帝国)が熱中してるその時、ケット系徒歩狩猟民(ノマド)アイヌ部族が「鬼のいぬ間に」と樺太から「北海道」へなだれ込んできたわけだ(-_-#)。ここまでをチャートする。
1、4万年前?〜紀元前1300年頃、アイヌ部族は他のケット系諸族と共には原住地のエニセイ川上流域(クラスノヤルスク近辺)に暮らしていた。
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(紀元前1300年頃、突厥系堅昆族(≒現ハヌカ族)来襲、バイカル湖畔へ退避)
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2、紀元前1300年頃〜紀元前1000年頃、バイカル湖畔で主として漁労して暮らす。
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(紀元前1000年頃、突厥系丁霊族来襲、チタ近郊で山越えしてアムール川上流域へ退避)
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3、紀元前1000年頃〜紀元前600年頃、条件があまりにも悪いので徐々に下流に移りながらアムール川上流域で狩猟採集生活をする。
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(紀元前600年頃、モンゴル系東胡族(≒現ブリヤート族)来襲、急いで船に乗りアムール川中流域へ退避)
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4、紀元前600年頃〜紀元前300年頃、トゥングース系諸族に「包囲」された危機的状況下で満州族(濊貊族)からの攻撃を避けるため「エベン族(沃沮族)」・「ナナイ族(粛慎族)」と抗争しながら序々にアムール川下流へ向かう。
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(紀元前300年頃、東胡・燕王国の攻勢を受けた満州族(濊貊族)が同族を動員するため来襲、急いで船に乗りアムール川下流域へと退避)
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5、紀元前300年頃〜紀元前100年頃、部族主力がアムール河口部に展開して河海両用の漁労で暮らす。
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(紀元前100年頃、極東に大漢帝国来襲、極東「建国ラッシュ」。満州族(濊貊族)に対する後背地(逃げ場)確保のために樺太へ移住開始)
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(紀元後50年頃、「出雲王国系の海人族(海上弥生人)」が樺太・アムール河口に来航。交易のため出雲王国に朝貢する)
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5、紀元前100年頃〜紀元後300年頃、初めて恒常的な「根拠地」樺太を確保。先住のナナイ系ウィルタ族や分族のギリヤーク族そしておそらくまだ残存していた樺太縄文人と抗争しつつ南部へと勢力を拡大する。
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(紀元後200年頃、「出雲王国」が壊滅、交易ルート遮断。出雲王国系東北武人たちと私的同盟関係を結ぶ(後の渡党))
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(紀元後300年頃、大和朝廷が半島に大規模軍事介入開始、北への監視が緩んだところを見計らって北海道にギリヤーク族と共に侵攻開始)
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ふーーーーーーーー、とりあえずの最初の「仮推定」はこんなもんか。ちなみに俺たちの「祖先・縄文人」も4万年前〜1万年前(3000年前?)にかけてほほ「同ルート」を南下しています。こっちは「敵部族」ではなく「氷河と気候変動」に追われててですが(-_-;)。いずれ時間があったら「縄文人のサーガ」も書いてみたいがやること多すぎて、書く時間なさそうっす(ToT)。さて、北海道に入植したケット系徒歩狩猟民(ノマド)アイヌ部族と俺たち「日本人」との愛憎入り混じった「同盟関係」が始まるわけだがその話はまた次回語ろう。とほほ。
PS、国内もう無茶苦茶やナ(-_-;)。チャイナ製「似非武士道」漫画「鬼滅の刃」が主要五紙の一斉広告って聞いて少しはおかしいと思えよ(-_-#)。その金どこから来た?アメリカではトランプ派が100万人デモと500億円裁判攻勢でファシスト共に「徹底抗戦」してんのに、
日本では自国・正統憲法擁護のデモゼロ(怒)。皇室典範改悪の執行停止裁判ゼロ(怒)。
だれもかれもが口だけの「行動ゼロ」で、13兆円も年金基金崩した「あぶく銭」受けと取っときながら「護国」のためにびた一文出そうとしない(-_-#)。「反撃法」は基本アメリカとおんなじなのに「トランプに続け!」の声は皆無(怒)。ウィルス対策で俺と門田隆将が二人で「台湾に続け!」と声の限り叫んでも全国民に「ガン無視」された8ヶ月前とまるでおんなじ(-_-#)。言っとくが年末年始、「バイオ・アタック」も「社会封鎖」もみんなが思う以上に「酷い」ことになるぞ(怒)。その辺も後日書く。はーーーーーーーーーーー(-_-;)。せめて危機に真正面から「目」を向けろよ、もう「他人事」じゃすまないんだよ(怒)!
おまけにみくしー検索かけてみました。
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