■巨人・岩隈、引退会見「野球の伝道師であるような存在でいたい」
(ベースボールキング - 10月23日 17:44)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=212&from=diary&id=6279611
NPBで107勝、MLBで63勝を挙げた右投手で先日現役引退を表明した岩隈久志(39歳)の引退会見が投手が東京ドームで行われた、ですか。東京・堀越学園高校から平成11年のドラフト5位で近鉄バファローズ(当時)指名で入団、近鉄のオリックス併合と楽天の創設に伴う分配ドラフトで一旦オリックスに振り分けられて入団を拒否、紆余曲折を経て楽天に移籍、MLBを目指すも一度ポスティングでMLBのAthleticsが交渉権を得ながら不成立、31歳となった2012年に改めて海外FA権をもらってSeattle Marinersと契約して2年目から先発投手として活躍、2015年にはノーヒットノーランを達成するほどでしたが、右肩の痛みに悩まされて2017年に手術を受け、リハビリを続けるも2018年をもって退団、日本(NPB)に戻って最後の2シーズンは巨人と契約しましたが、その2年間に一軍登板はならず、引退となった次第ですが、この引退会見の記事を見て、米国のMLBでも実働6シーズンで63勝39敗と言う成績を挙げたにも関わらず、会見の内容にMLBでの事柄が全く出て来なかったのは、何とも不思議な気がしましたね。
引退時の所属と言うことで、冒頭、巨人の2年間について「原監督に呼んでいただいて、このユニフォームでもう一花咲かせようと戦ってきました。残念ながら一軍での登板は果たせませんでしたが、この2年間では素晴らしいチームメートと出会い、沢山コミュニケーションもとりながら、最後の最後まで挑戦させていただいたことに心から感謝しています。短い間ではありましたけども本当にありがとうございました。そして、この21年間、沢山の方々に応援をしていただいて、沢山の勇気をもらい、その中で戦ってくることができたことにも本当に感謝しています」と語り、今季後半のシート打撃で投げた際に右肩を脱臼したことで「肩の脱臼をしてしまい、そこで僕自身でも体力の限界を感じた一球だった」と、その決断の動機となったことも明かしたとか。
次いで、その現役生活を振り返っての「思い出に残るシーン」について、まず楽天での最初のシーズンでの開幕投手として「その記念すべき第1試合で勝利を挙げたこと」、さらに、その本拠地たる仙台など広範囲に被害が及んだ東日本大震災のシーズンだった平成23年を挙げ、「震災で開幕が遅れたことによって4月12日に開幕投手を星野監督から『お前がやってくれ』と言われたときに、東北で皆が苦しんで戦っているところの大事な試合を任された。皆で前進して進むんだ、という思いがあったので、WBCの決勝(2009年の世界一のメンバーで、巨人監督の原辰徳が指揮した。今日の会見でも言及)で投げるよりも緊張して投げさせてもらった。そしてその試合を皆で勝てた、ということが楽天のときの思い出」と振り返ったとか。
はあ、MLBでの活躍は「思い出に残るシーン」じゃなかったのか。初年度こそリリーフからスタートして本領発揮とはいかなかったものの、登板のあった6シーズン中3シーズンで二桁勝利を挙げ、渡米2年目にはサイヤング賞(Cy Young Awards)投票第三位の好成績。また、好調なシーズンではなかったものの、2015年にはノーヒットノーランまで達成した
https://www.baseball-reference.com/players/i/iwakuhi01.shtml
(ご参考:NPBの成績)
https://npb.jp/bis/players/01105111.html
と言うのに。それも、一度失敗して念願を叶え、お世辞にも"強豪"とは言えなかったMarinersでこうした成績を達成、実績も残したのですが、「思い出に残るシーン」になり得なかった"理由"とやらがあったのでしょうかね……。「お疲れ様でした」では、ありますが。
ログインしてコメントを確認・投稿する