土佐は、土豪から身を起こした長宗我部元親によって統一され、その後、元親は四国全土を統一しました。しかし豊臣秀吉の四国出兵に遭い、土佐一国のみの領有が許されました。江戸時代に入ると、山内一豊がこの地に移封した。上下の関係がなく、自分の意見を堂々と述べる人が多いのも、一領具足制度が背景にあったといえます。
80%は山地で、森林面積は83%と高く、可住面積は14.6%にすぎません。香川から土讃線で2時間の距離にありますが、大半がトンネルで、いかに高地には平野が少ないかが分かります。高知県の人間は頑固一徹でありながら、一族のためなら世話を買って出ます。人が右と言ったら左を向くのに、頼まれれば嫌とは言わないのです。
遊びに来て、とは決して言わないのですが、来てくれると大歓迎します。偏屈でわがまま、時として無口になりますが、大局を見て動きます。いごっそう精神は、酒のみを育て、議論好きの風土をつくりましたが、そんな亭主に呆れた妻が離婚訴状を起こす土地柄です。そうした背景から、弁護士が多く輩出されたようです。
人の付き合いは酒にはじまり、酒に終わる。企画や人事などもすべて酒の席で決まる。宗教や仏教に対する尊敬の念はなく、仏教系の信者は18%と全国で最も少ない。大酒飲みで、大ホラ吹きで、計画性に欠け、その上、経済感覚に乏しいのですが、昔から餓死者や自殺者は少ないのです。山の幸、川の幸、そして黒潮暖流がもたらす海の幸があります。
町を挙げて休刊日運動を展開していますが、一向に定着する気配がなく、その結果、体を壊す人が多く、一般病院のベッド数は全国第1位となっています。「断酒会」が全国で最初に結成されたのも高知です。また橋本知事が、「飲酒運転をした職員は免職にする」という全国でも例のない規定を設けました。
高地には、男まさりで自立心が強く、どんどん自活の道を切り拓くはちきん女性が多い。
土佐の男はやるときはやるが、ムラがありすぎるのに対し、女性はよく働くと言います。坂本龍馬は現在の高知県高知市で誕生しました。日本人ならば、この方の名前を知らない人はいないのではないかと思うほどの有名人です。
坂本龍馬は海軍の守護とされています。日露戦争のさなかに明治天皇の夢の中に、龍馬が現れたといいます。ちなみに私の祖父は海軍で勳四等の叙勲を賜っております。その後の龍馬象は司馬遼太郎著作「竜馬が行く」によるところも大きいと思います。
坂本龍馬の功績はなんと言っても、薩長同盟の実現、大政奉還の発案など、明治維新に果たした役割は大きいです。また、龍馬は海援隊という商社を作ったのも有名です。薩長同盟に関わり政治的な活動をする一方で、起業家でもあったのが、魅力のひとつです。 明治天皇が、有名な「5箇条の御誓文」を発布したのは、明治元年3月14日のことです。
この御誓文のもとになったのも、坂本龍馬の「船中八策」でした。高知城・かつら浜・竜馬博物館に日本三大洞窟の一つ龍河洞を見学して土佐で呑んだ「船中八策」は五臓六腑にしみわたりました。龍馬が亡くなってから150年目に土佐へ行き「龍馬の休日」を体験できました。とても考え深い日に土佐にいたことはいい思い出です。
ログインしてコメントを確認・投稿する