歳をとってからの支えにもなれば、悩みのネタともなるのが子供の存在です。中年と呼ばれる時代になっても定職につかなかったり、引きこもったりして「心配で死ねない」という親の話もよく聞きます。だけど子供がある程度年を取ったら、突き放すという考え方も必要だと思います。芸能界の二世の不祥事を見れば、珍妙さを感じずにはいられません。
少し前、三田佳子さんの次男が40近くにもなって、また覚醒剤で捕まっていました。清水良太郎、モノマネタレントの清水アキラの息子も捕まっていました。この方は30手前です。このような件でわけわからないのは、わざわざ親が出てきて謝罪をしていると言うことです。「世間をお騒がせして申し訳ありません」と謝っています。
とっくに成人している男の犯罪に、親は関係ないでしょう。二世タレントが何かやらかす度にこういう謝罪会見を何度見てきましたがよくわかりません。まるで通過儀礼みたいになっています。でもよく考えてみれば何の意味もないことでしょう。なんで日本のマスコミや視聴者は、身内の不祥事で頭を下げる親の姿をそんなに見たいのだろうか。
2017年の10月に、アメリカのラスベガスで少なくとも59人が死んだというとんでもない銃乱射事件がありました。まさにアメリカの銃社会の恐ろしさを示す事件なのですが、一方で日本より進んでいると感じさせることもありました。
犯人の弟が「呆然としている」「兄が宗教だとか政治団体に入っているとは知らない」とテレビのインタビューに顔を出して普通に答えていたのです。謝罪するでも、申し訳なさそうな顔をするわけでもないのです。これは日本国では考えられないでしょう。
おそらくこの国で同じことをやったら「他人事みたいに語りやがって」「お前も謝れ」と、テレビでもネットでも批判されることでしょう。おそらく韓国あたりではさらに酷い状態になるでしょう。だけどアメリカでは「成人の犯罪は家族に責任がない」との考えが定着しているから、そういう一族連座みたいなことにはならないのです。
もしかしたら、二世の不祥事をタレントがペコペコ謝っているうちは、日本は本当の意味で先進国にはなれないのかもしれません。一方で、親のほうに覚悟がないというのも事実でしょう。先に挙げたタレント親たちも、謝罪会見で涙を見せても、本当の意味で子供を突き放してはいません。
本気なら「絶縁して相読もさせない」とか「勘当して二度と会わない」くらい宣言してもいいはずです。ほとぼりが冷めたら、これまで通り甘やかすのでは見透かされているのです。親は成人した子供の責任を取らなくていい代わりに覚悟を持つ必要があると思います。
自分たちも、子供も厳しい時代に生き抜くつもりなら、そのくらいお互いを突き放したほうがいいのでないだろうか。ちなみに私の三女は20歳を過ぎているのに好き勝手して多額の借金をつくり、親元の私に請求が来ました。地方税も払っていないらしく何故か松戸市役所が千葉銀行の口座を差し押さえられてしまいました。恐ろしいことです。勘当しました。
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