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2019年08月24日09:42

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8月歌舞伎座/納涼歌舞伎(3部)・玉三郎の「雪之丞変化」

19年8月歌舞伎座(3部/「雪之丞変化」)


映像と生身の役者のセリフのコラボレーション


玉三郎の「雪之丞変化」は、けれん歌舞伎であろう。
ここで言う「けれん」とは、何か。
まず、「けれん」という言葉の意味。
漢字で書くと外連・外連味(けれんみ)。「大げさな「はったり」、破天荒、あざとさ、ごまかし、目立ちたがり、誇張、フェイク(虚偽)、非常識、常識破り、受けねらい(俗受けをねらったいやらしさ)など。使われ方によって、ネガティブなニュアンス(けれんみが「ある」)を持ったり、ポジティブなニュアンス(けれんみが「ない」)を持ったりする不思議な言葉。

「けれん」を売り物にする歌舞伎が出始めたのは、19世紀半ば以降。黒船来航に象徴されるように、日本列島周辺の海が落ち着かなくなった幕末まで半世紀の退廃的な時代の空気が背後にある。一方、庶民の間では、異国の匂いへの興味が高まる。

「けれん」は、歌舞伎用語で、宙乗りや早替りなど、大掛かりで、奇抜な演出のこと。反マンネリズム志向。芝居小屋の用語から一般に広まって行った。

19年8月歌舞伎座納涼歌舞伎第三部は、古典の名作「伽羅先代萩」の「御殿の場」の殺しの場面で始まった。開幕前、歌舞伎座の場内は、全ての照明が消され、全くの暗闇であった。暗闇の中、場内には、ザアーという激しい雨音のような音が暫く響き渡った。やがて、「雨音」のような雑音は収まった。舞台中央付近にスポットライトの光が届いた。光りの中に女が二人浮き上がって見えていた。女たちは争っているようだ。揉み合っている女たちのうち、赤い衣装の女は、座り込んでいる。白い衣装の女は、立ち上がっている。白い衣装の女は、私の席からは顔が見えない。かろうじて、左の顔面の一部が女の斜め後ろから見えるだけだ。この女の足元に座り込んでいる赤い衣装の女は右の顔面がはっきり見える。坂東玉三郎。

贅言;上手から順に、茶、白、黒の配色の定式幕が、遠くに見る。中村屋、独自の幕だ。観客席で、どれだけの人が気付いてくれただろうか。

毎年8月恒例の歌舞伎座納涼歌舞伎。毎日3部制で上演される。今回は、第三部の演目は、確か新作歌舞伎の「雪之丞変化」の筈で、いま、私が見ている演目が、それだろう。なのに、この場面には、既視感がある。なんだろう、と思ったが、すぐに気が付いた。第三部の開幕は、午後6時半。この場面をきょう午前11時から始まった第一部の演目「伽羅先代萩」の「御殿の場」の終幕近い場面に政岡による八汐殺害場面とそっくり、ということだ。第一部の配役は、政岡が七之助、八汐が幸四郎だった。八汐を演じた幸四郎は、「御殿の場」に続く「床下の場」には、早替りで、仁木弾正役になって出てくる。だが、この第三部の配役は、政岡が、玉三郎。八汐は、誰が演じているのか。双眼鏡でアップしても、私の座席からは、なかなか判りにくい。どうも、七之助らしい。二人の姿が、闇の中へ溶解して行くと、花道七三の辺りに、仁木弾正の登場。「床下の場」のラストの場面。弾正役は、中車である。雲の上を歩くように、ゆったり、それでいて、不気味な歩き方である。私の席からは、程なく、中車の姿は見えなくなり、舞台の袖近くに映る弾正の影が、次第に大きくなって行く。

玉三郎が演じる役は、中村雪太郎が演じる政岡。八汐を演じる秋空星三郎は、七之助。仁木弾正を演じる中村菊之丞は、中車。私が観ている芝居は、「雪之丞変化」という新作歌舞伎。1934年から35年にかけて新聞に連載された三上於菟吉原作の時代小説「雪之丞変化」を歌舞伎化した新作歌舞伎「新版 雪之丞変化」。劇中劇は、「伽羅先代萩」、というわけだ。

この物語は、長崎の豪商だった両親が冤罪により悲劇の最後を遂げた歌舞伎役者・中村雪太郎の復讐劇。雪太郎は、歌舞伎役者中村菊之丞に庇護され、人気女形の中村雪之丞に変身し、盗賊の闇太郎の助力を得て、両親の恨みを果たす。根幹は、復讐劇。歌舞伎役者の芸の精進。彼を支える人たち。敵討ち(仇討ち)を果たした後の空虚感。新たな出発への決意。

この物語は、大衆的に人気を呼び、その後、映画や舞台、さらにテレビのドラマにもなった大衆向けの娯楽作品。「雪之丞変化」は、歌舞伎の先行作品もあるが、今回は、玉三郎の演出・補綴で、「新版 雪之丞変化」に生まれ変わった。新しい脚本、撮り下ろしの映像と生の舞台の混成劇。「連鎖劇」というらしい。雪之丞の復讐劇というドラマを軸に、雪之丞を可愛がる歌舞伎の先輩役者の星三郎、歌舞伎の師匠・菊之丞の人間関係を描くと同時に、歌舞伎役者たちの芸道観を浮き彫りにする、というもの。

冒頭で、この作品を「けれん歌舞伎」と言ったのは、舞台での芝居には飽き足らず、「外連」、つまり、歌舞伎の外へ連帯する志向を極めて明確に打ち出している点である。生身の歌舞伎の役者の科白と映像化された歌舞伎役者の科白が、劇場の中で、コラボレーションする。これほどの外連な演出は、なかろうという意味である。


「雪之丞変化」のけれん度


まず、主な配役を記録しておこう。
中村雪太郎、後に、中村雪之丞(玉三郎)中村菊之丞、孤軒老師、土部三斎、脇田一松斎、盗賊闇太郎、以上5役を演じるのは、中車。秋空星三郎(七之助)。

第一幕。幕のタイトル、外題は、無し。客席が暗いので、観劇のメモが殆ど取れないのが、残念。

「伽羅先代萩」に政岡役で出演していて、舞台中央で、八汐殺し、八汐と政岡の絡みの場面、懐剣を見て、なぜか動揺する雪太郎の政岡(玉三郎)。相手役の星三郎の八汐(七之助)の機転で、どうにか、舞台は切り抜ける。花道七三分、すっぽんからせり上がりで登場する仁木弾正に扮する菊之丞(中車)。花道の引っ込み。大きな影絵を舞台に残しながら揚幕の中に消える。

菊之丞の楽屋。舞台の設定は、実験劇らしく、シンプルである。シンプルな装置、デジタル映像の積極的な採用、大胆な演出。荒唐無稽な粗筋の大衆演劇を変化できるか、挑戦である。

雪太郎の私的な「事情」を承知している師匠の菊之丞は、雪太郎の心が揺るがぬよう激励する。雪太郎の私的な事情とは、こうである。

雪太郎は、長崎の大店松浦屋の息子。父親の清左衛門が、当時の長崎奉行・土部三斎一派による冤罪で、抜け荷の罪を着せられて店を取り潰された、という。母親も、三斎に不義を迫られ、自害した。これを知った父親も、後追い自害。幼少の雪太郎は、菊之丞に引き取られた、というわけだ。役者として、修業しながら、両親の敵討ちを心に秘する雪太郎。幼児期の両親の悲劇が、トラウマとなり、刀を見ると、舞台上でも、錯乱状態になる、という。

これを盗み聞きしてしまった星三郎の弟子・秋空鈴虫(やゑ六)は、孤軒老師(中車)という謎めいた男に話してしまう。

菊之丞の勧めで、独創天心流の脇田一松斎(中車)に入門し、剣術の手ほどきを受けるようになる雪太郎。やがて、菊之丞の勧めで、雪太郎は、雪之丞に名前を改める。地方巡業、大坂での興行、星三郎は、雪之丞に江戸の舞台に進出するようにと勧める。

雪之丞が兄と慕う星三郎は、病魔に侵されていた。大坂の楽屋の師匠の菊之丞の宛てに江戸の中村座から雪之丞の出演を依頼する書状が届く。江戸には、雪之丞の親の敵、三斎もいる。菊之丞も雪之丞も、同じ思いを強くする。その折も折、星三郎は、舞台で倒れる。歌舞伎の女形は、舞台の夫役を見つけることが大事だと星三郎は、雪之丞に諭し、生き絶える。

孤軒老師(中車)が現れ、雪之丞に声をかける。自分は、付かず離れず、雪之丞を見守ってきたと告白する。雪之丞は、菊之丞、一松斎、星三郎など、良き人々に囲まれて、光を放ちつつあると、激励する。これが、実は、今回の芝居のテーマ。雪之丞は、先輩の星三郎の歩んできた道の先へ行くが良いと諭す。孤軒老師が、雪之丞に刀を渡すと、雪之丞は、これまでのように震えることはなくなっていた。一松斎との修行の成果であった。孤軒老師は、いわば、演出家・玉三郎本人か、玉三郎劇団のプロデューサーの役回りと思う。

江戸に下った雪之丞の芝居の評判は、大坂にも伝わってくるようになった。雪之丞と昵懇になりたいと盗賊の闇太郎は願っていた。

第一幕の粗筋は、ざっと以上のようであるが、生の舞台に出演するのは、4人の役者のみ。雪太郎・雪之丞(玉三郎)。菊之丞、孤軒老師、土部三斎、盗賊闇太郎が、中車。星三郎(七之助)。秋空鈴虫(やゑ六)。4人は、それぞれ映像の役者と科白のやり取りをする。

映像化された役者たち。
政岡に扮した雪太郎。鷺の精に扮した雪太郎。雪太郎。脇田一松斎。弾正に扮した菊之丞。八汐に扮した星三郎。その他では、瓦版売り、浪人、町人、菊之丞の弟子、若い者、芝居小屋の人、衣装方、「床下の場」の「鼠」、侍、幇間、芸者、仲居。

科白のある配役もあれば、科白もない大部屋役者もいる。歌舞伎座の舞台には、限られた登場人物が、科白を言い、映像化された配役とやり取りする。デジタル時代の「連鎖劇」らしく、音響効果、映像の処理など、外連味も含めて、大胆、果敢な演出が続く。歌舞伎座場内の観客たちは、斬新な新作歌舞伎の味わいを、戸惑いながら味わっている人もいれば、興味深く舞台に映し出される巨大スクリーンの映像を堪能する人もいる。大向こうも、声もなく、舞台を見つめているようで、寂として声も無し、の感あり。

20分間の休憩の後、第二幕。
雪之丞は、江戸の中村座初日の舞台に出演中。「京鹿子娘道成寺」の白拍子花子を演じる。菊之丞(中車)は、客席に土部三斎一味が客席に来ていると、楽屋で雪之丞に伝える。それでも、雪之丞は心乱れることなく、舞台を勤め終える。屋敷に来て欲しいと三斎からの伝言も届く。三斎の屋敷に出向く雪之丞。後を追う闇太郎(中車)。三斎の屋敷から無事に出てきた雪之丞に闇太郎は、声をかける。闇太郎は、三斎の娘の浪路の思いを受け入れろ、と勧める。浪路と雪之丞の恋が成就すれば、浪路はお城に上がるのを嫌がるだろう。そうすれば、三斎はお咎めを受けるのは必定、という理屈らしい。弱気になった三歳を攻めろ、という。雪之丞は、闇太郎を江戸の師と呼ぶようになる。

浪路(玉三郎)が、雪之丞に思いを馳せている。一方、雪之丞には、一松斎から菊之丞経由で奥義の一巻が渡される。雪之丞は、闇太郎、すずむしとともに、三斎の屋敷へ。酒宴に参加した雪之丞は、庭先に怪しい人物がいると言って、盗賊を捕らえる。盗賊は、実は闇太郎で、闇太郎は、雪之丞の敵の三斎らの悪事を暴き、雪之丞が、長崎の松浦屋雪太郎と呼んで逃げて行く。騒ぎを聞きつけて三斎(中車)が姿を見せる。浪路が父親らの悪事を知る。
死んだはずの松浦屋夫妻が現れる。恐れ慄いた三斎らは、互いの首を掴み合う。松浦屋夫妻は、面を被った雪之丞らであった。三斎らは、互いの首を締め続け、死んでしまう。浪路は、父親の悪事に対する呵責の念に堪えられず、身投げしてしまう。若い女性の純粋な恋情を利用して、悲劇に追いやる。

雪太郎は、やっと、両親の無念に応えて、敵討ちを果たすが、これが、人間として、役者として、女形として、真っ当な生き方だったのか、という思いに辿り着く。もっと、別の人の道を選んで、今後は生きて行こうと、決意を新たにする。


第二幕の主な配役。雪之丞が玉三郎。菊之丞、土部三斎、盗賊闇太郎が、中車。秋空鈴虫がやゑ六。仇(芝歌蔵ら4人)。

映像化された役者たち。白拍子花子、滝夜叉姫、蜘蛛の精に扮した雪之丞が、玉三郎。浪路が玉三郎。仇(芝歌蔵ら4人)。土部三斎、闇太郎、脇田一松斎が、中車。

幕切れは、「元禄花見踊」という、舞踊劇。明転して開幕。雪之丞(玉三郎)。立役の役者(鶴松ら4人)。女方の役者(守若、芝のぶら6人)が、華やかに舞う。芝のぶは、玉三郎の近くに位置し続ける。長唄は、杵屋勝四郎ら。三味線方は、杵屋勝国。今年度、人間国宝に認定された。

「新版 雪之丞変化」は、今回初見なので、けれん歌舞伎という視点で、舞台を観ていた。映像と歌舞伎のコラボレーション。敵討ちの芝居。芸道としての歌舞伎は、何か、と問いかける芸道物語。これは、玉三郎が大好きなテーマだろう。

贅言;玉三郎は、守田勘弥の実子でありながら、大塚の料亭の息子のまま、守田勘弥の養子になり、幼年時の小児麻痺も踊りの修業で克服し、歌舞伎役者としては、真女形一筋で精進してきた。その結果として、当代随一の立女形という金看板を掲げる身となった。代々の梨園の柵(しがらみ)に捉われずに、若手中堅の真女形のうち、将来性のある役者に目を付けては、熱心に指導している。今回は、七之助が指導を受けた。

澤瀉屋一門のスーパー歌舞伎が、漫画やアニメを原作にけれん歌舞伎の極北を目指しているように、玉三郎は、大衆演劇を実験台に新しい歌舞伎、新しい歌舞伎役者像を求めて、独り歩いて行くようである。孤軒老師とは、梨園における玉三郎のプライドであり、玉三郎の芸道観を象徴する記号的存在だと思う。
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