拙宅から南へ行くと、津田沼のやや手前で千葉県道69号長沼船橋線、通称東金街道、あるいは御成街道と呼ばれる道を渡ります。
かつて徳川家康の命によりにより、東金へ向かう道(鷹狩りの為)を土井利勝に命じてつくらせたのがルーツであり、沿道の住人を総動員して一夜で開通したという伝説が有ります。
まぁ実際は、秀吉の石橋山一夜城同様、そんな事は無く、一月ほどかかったそうですが、船橋御殿(日本一小さい東照宮=船橋東照宮はその名残)から東金まで、ほぼ直線の最短距離で結ばれていました。
現在でも、かなりの部分が現役の道路として使われていますが、反面、無くなってしまったところも少なくありません。
現在、県道69号を東へ向かうと(県道69号自体は、R16との交差点で終わり)、四街道駅の西側で緩やかに左カーブし、駅近くで道の続きを見出だせなくなりますが、本来は左カーブせずに直進していたのでしょう、この続きは少し離れた場所に有ります。
しかし、この先は陸自高射学校などが有る下志津駐屯地の敷地でストップ…
ここには、戦前も下志津陸軍飛行学校本校が有りました。
下志津に限らず、騎兵旅団など、軍の施設が御成街道一帯に多数有り、その為、国道特一号となっていたのだとか。
その関係で、緩やかな左カーブを持つ現在の道につけ替えたという事か。
今ではそのつけ替え起点も見出だせなくなっています。
御成街道は、この先も現れたり消えたりしながら東金へ向かい、八鶴湖へ向かいます。
この八鶴湖も、本来は家康の東金御殿につくられた人造湖だったとか。
…というのを知って以来、御成街道をバイクで走破したい!
と思うようになりました。
勿論、極力本来のルートに沿ってです。
来月辺り行けたらなぁ(*^^*)
それと絡んでという訳ではないですが、津田沼から船橋まで、珍しく昼間にこの御成街道を歩いてみました。
その前に…
京成津田沼からJR津田沼に出て、大原簿記学校脇から、線路沿いの道を歩いていると、東南アジア系?らしき女性がスマホの画面を示しながら「この場所はどこですか?」
みると、LINEの画面ですが、英語ではないアルファベットで書かれており、最後に日本語で「習志野市谷津〜」の住所が載っています。
習志野市谷津は今いる場所ですが、住所で言われても、丁目以降はなかなか分からないもの。
知っている場所なら…と思って、「ここってお店か何かですか?」
私の言っている事もなかなか通じなかったようですが、何度か聞いてみると「カイシャ」という答えです。
会社か…会社までは分からないなぁ…でも海外の人にはなるべく親切にしたい…
という事で、駅前の交番に案内しました。
交番なら住所だけでも、地図で教えてくれるでしょう。
外人さんからいきなり英語で聞かれるのも困りますが、日本語で聞かれても困る時は困るものでした(^^;)))
再び線路沿いの道に戻り、この先の跨線橋でJR総武線を越えます。
ちょうど、車両基地から緩行電車が本線へ出ていくところでした。
この先は、すぐに御成街道に出ます。
総武線をアンダーパスして、再び線路の南に出るのですが、この少し先で成田街道と合流。
その場所には、古い道標が立っています。
右が東金、つまり御成街道であり、左が成田街道です。
中野木交差点からは歩道が狭かったり無くなったり…
やがて下り坂となると、左に現れるのが船橋大神宮。
船橋大神宮、正式には意富比神社(おおひじんじゃ)ですが、ここは日本武尊の東国平定を祈願した事に始まるのだとか。
本当かどうか分かりませんが、長い歴史を持っているのは確かなよう。
ここには明治時代に設置された灯明台という、千葉県有形民俗文化財が有ります。
当時は、政府公認民設灯台だったとか。
有るのは知っていましたが、実は見るのは初めてです(^^;)))
この後、船橋広小路まで歩いたところで、先日書きました件…ラムバーガーのゴールデン・バーガーがお店を畳まれた事に気づいたのでした。
かえすがえすも、悔やまれます(>.<)
ログインしてコメントを確認・投稿する