原発推進派の中には経済的利益とは他の理由で、日本には原発が必要だと考えている人達がいます。原発がすべて停止して電力が足りている事実を突き付けられても潜在的な核抑止力の為にも原発の開発を続けるべきだと言うのです。
だが、日本には「非核三原則」というものがありますから、核兵器を作ることも持つこともできないのです。しかし、実際に核兵器を持たなくても、核兵器をつくる事ができるのだというだけで、外国からの核攻撃を抑える力になる。これが「潜在的核抑止力」というものです。また、原子力を使用する点で原発と核兵器の技術には多くの共通点があります。
要するに、原発をつくる事ができれば核兵器もつくる事ができる。そこで一部の政治家は、こう主張します。日本には優れたロケット技術もあるので、イザとなれば短期間で核兵器による攻撃が可能です。だが、原発の開発をストップすると、基礎研究から始めなければならないので、核兵器の開発までに何年もかかってしまう。
それでは周囲諸国に対する潜在的な核抑止力が失われてしまうので、原発をやめるべきではないと言うのです。だが、どんなに優れた潜在的な能力が日本にあったとしても、将来的に日本が核武装などできるわけがないでしょう。むしろ、その潜在的な能力がある事で周辺諸国が軍事的な脅威を感じ、緊張緩和や核軍縮の流れを邪魔している面もあるのです。
既に日本には、原発の使用済み核燃料を再処理することで得られたプルトニウムが大量に余っています。それが、いずれ核兵器の為に転用されるのではないかと心配する国は少なくありません。だから査察ばかり受けているのです。しかし、日本は世界で唯一の被曝国です。毎年、祈念式典を行い、全世界に放送してその記憶が失われることはありません。
したがって、国民が核武装を認める事など考えられないのです。そのような状況下にある日本国で、潜在的な核抑止力を持とうとすること自体が、無理があります。大体、国土や国民を守る安全保障の事を考えれば、原発そのものが大変な脅威です。
潜在的な核抑止力を持つ為に原発をつくり、それが事故を起こして国民の生命を奪い、国土を荒廃させてしまったのでは、福島に住む方たちが犠牲になってしまったことの教訓が活かされていません。
外敵からの攻撃を防ぐための原発で自滅するのは、愚の骨頂です。しかも原発は、テロリストのターゲットになる恐れがあります。国家の安全保障の面からみても、原発には大きなリスクがあるのです。
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