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2018年12月28日05:46

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冷蔵庫(0147 ISO ISSETTA)

イタリアのスーパーカーにイソ・リヴォルタというのがありました。ランボルギーニやフェラーリに比べて地味で、ハッキリ言ってどんなクルマだったか思い出せません。印象が薄い薄い!
車名のリヴォルタというのはイソ社の社長の名字でイセッタを世に出した人です。
リヴォルタは「えーっと…どんなクルマやったかな?」ですが、イセッタと聞くと「ああ、あの丸いヤツね」ですねぇ。所有したこともあります。
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さて、前置きはこのぐらいにして本題に入りましょう。
イセッタというとBMWのエンブレムが輝くバブルカーを思い起こしますけど、あれイソ・イセッタのライセンス生産なんです。
イソ社は、第2次世界大戦が勃発した1939年にイタリアのジェノバに誕生したIsothermos(イソサーモス)という冷蔵庫メーカーでしたが、終戦を待たずに実業家のRenzo Rivolta(レンツォ・リヴォルタ)が買収しました。
そして終戦後すぐにバイクのライセンス生産を始めますが、それが発展して独自のクルマ(キャビン・スクーター)を作るようになります。それが、エンジニアのErmenegildo Preti(エルメネジルド・プレーティ)とPierluigi Raggi(ピエールイジ・ラッジ)に設計させたイセッタで、丸い車体の前方に冷蔵庫のドアをそのまま配置したような独創的な所謂バブルカーです。

空冷単気筒2サイクル236ccエンジン(9.5馬力)のパワーは、トレッドがわずか480mmしかなくディファレンシャル・ギア(デフ)を省略した後輪をチェーンで駆動、最高速度85km/hを実現しました。
フロント・サスペンションはデュボネ式独立懸架、リヤはバイクに一般的なスイングアームで、乗り心地はとても良く好評を博しました。

「小さなイソ=イセッタ」と名付けられたこのバブルカーは1952年に発表され、翌1953年のトリノ・ショーで大衆に訴求、そして販売が開始されました。1956年までの3年ほどの間にイソ社はわずか1500台ほどしか生産していませんが、スペイン・ベルギー・フランス・イギリス・ブラジル、そしてドイツでライセンス生産されました。特にドイツのBMW社はイソ社から生産設備も供与された上、自前のエンジンを搭載するなどイセッタを大きく発展させて、1963年までに161,728台も生産しました。本家の100倍以上です。

イソ・イセッタを語る上で外せないのが、アウトカーロと呼ばれた商用車(バンやトラック)です。トゥーリスモと呼ばれた一般的な乗用型と並行して約4000台作られたようですが、実物は見たことがありません。
これ、ソソられますねぇ!
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