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2018年12月22日08:03

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最悪経験を尺度にする

面倒な場面をたくさん経験すべきだとは言いません。私だってできれば面倒はご免被りたいのです。だが、生きていればイヤでも襲ってくるでしょう。幼い頃や新人時代は、親や周りの人間に助けてもらいながら対処できるでしょうけれど、そのうち必ず、一人で向き合わなければならない日が訪れます。その時の対処方法はどうやって見出すのか。

それは、経験が強みとなるに違いないと思います。経験を繰り返すうちに乗り越え方を学び、最悪の事態を回避できるようになる。そして、「あんな経験をしてもなんとかなっているのだから、たいがいの事は何とかなるだろう」という、最悪経験を尺度にした楽観予測をつけられるようになります。

それがささやかな自身となり、落ち着きを身につけて、果たして慌てず騒がず常に冷静なかっこいい大人に成長していくのではないのでしょうか。私自体は全然なっていませんが。石原莞爾平和思想研究会の会合に参加すると「戦争の頃を思えば、どういうことはない」「俺が君の年頃には、ろくに食うものがなかったからねえ」

私の親の世代の戦争体験者はあるごとにそう言って、戦後生まれの我々若者の贅沢や能天気に眉をひそめました。そんなことを言われても、平和な時代に生まれたのだから、仕方ないじゃないと、心の中では言い返していましたが、しかし指摘されていることは真実です。そんな地獄の時代を生き抜いてきた父母や適わないとも思います。

常にあの時と比べ、死と隣合わせにいた時代よりはるかにましだと思える強さがあります。そしてもの二度と、あんな悲しい経験を子孫にはさせたくないと守ってくれた暁に、平和は維持されて、著しい経済成長を成し遂げました。もはや「贅沢は敵だ」も「もったいない」も死語に近く、誰も本気で口走ることはなくなりました。

私は元来、ビオトープ水田の代表や無農薬野菜を作っているので「もったいない」はよく言いますし、賞味期限を気にしすぎて捨てるほうが罪の意識にかられます。「贅沢は敵だ」は親の教育のおかげか、かろうじて身に染み込んでいますけれど、ときどき「贅沢はすてきだ」と思うこともあります。

でもきっと、昔の人も本気で七難八苦を望んでいたわけではないと思うのです。望んでなくても襲ってくるからこそ、どう乗り越えようか考えた末、「辛い経験をしたほうが人間は強くなる!」というモチベーションを見出したのでしょうか。実際、辛い経験をした人は確実に強くなると思います。
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