むかしむかしそのむかし
市川船橋戦争という戦いが有りました。
市川市と船橋市がその境界線をめぐって争った…
という訳では勿論なく、戊辰戦争の一局面として行われた新政府軍と旧幕府軍の戦いです。
市川市の八幡辺りから船橋市の大神宮辺りが戦場となった為、その名称があります。
江戸城無血開城後、初めて起きた大きな戦闘で、ここで新政府軍が勝利した事により、南関東諸藩は新政府恭順が優勢となりました。
そして、「津田沼戦争」という言葉が有ります。
こちらは前述の市川船橋戦争の局地戦などではなく、昭和50年頃から津田沼を舞台に繰り広げられた大型量販店の競争です。
これより前、津田沼にはサンポーショッピングセンターというのが有りました。
サンポー自体は実家近くにも有った為、幼少の頃から知っていましたが、津田沼のサンポーで印象に残っているのは、何やら天井が低かった…という程度。
現在、飲み屋さんなどが軒を連ねる繁華街「にぎわい横丁」辺りに有った筈ですが、建物は勿論、それと分かる区画も残っておりません。
再開発にすっかり飲み込まれてしまったようです。
私の記憶では、PARCOと西友、長崎屋、イトーヨーカドー、丸井、ダイエーと高島屋という順番だったと思いますが、次々に大型店が進出し、瞬く間に津田沼の光景が変わっていった印象が有ります。
今では長崎屋はパチンコや飲み屋さんの雑居ビル、丸井はミーナというファッションビル、ダイエーと高島屋はモリシア津田沼になりました。
その後北口にイオン、南口にユザワヤ、そして近年開発された奏の杜地区には奏の杜フォルテというSCが進出し、現在では北口にイオン、イトーヨーカドー、PARCO(西友はPARCOのB館)。
そして南口にモリシア、ユザワヤ、奏の杜フォルテとなっています。
津田沼にそんな需要が有るのだろうか?
正直そう思わなくもないですが…
それはそうと、「津田沼戦争」は、何も大型量販店だけの話ではありません。
一時はドラッグストアがやたらと増えた事も有りましたが、大型書店もやたらと多いのです。
前述の大型量販店には、たいてい書店が有った事に加え、南口のホテルメッツには「くまざわ書店」、北口ペディストリアンデッキから繋がるビルには「BOOKS昭和堂」が有りました。
「白い犬とワルツを」という本が有ります。
TVドラマにもなっていますが、この本がベストセラーになったのは、このBOOKS昭和堂がもっとこの本を多くの方に知って欲しい!と、店頭にて手書きPOPによる訴求を始めた事がキッカケです。
今は手書きPOPも珍しくないですが、Wikipediaにも書いてあるくらい、同作品を語る上でBOOKS昭和堂は外せません。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E9%81%A0%E3%81%AE%E3%83%AF%E3%83%AB%E3%83%84/%E7%99%BD%E3%81%84%E7%8A%AC%E3%81%A8%E3%83%AF%E3%83%AB%E3%83%84%E3%82%92
関東各地をフラフラした紳士服専門店から船橋市に戻って以来、ここは通勤路でもありますから、この間、私が買った本の半分以上はここで買っていたと思います。
ところが先日行こうとしたどころ、なんと閉店のお知らせが出ておりました(>.<)
ありゃりゃ(/´△`\)
ネット時代で本読む人が減っており、BOOKOFFで買う人も多く、尚且つ店舗が多過ぎ…
残(>.<)念
ログインしてコメントを確認・投稿する