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2018年09月20日11:42

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嶺岳寺の彼岸花

今日9月20日は「彼岸の入り」です。
今年は天候不順なのか庭の「ヒガンバナ」はまだ咲きません。

長野県下伊那郡松川町の嶺岳寺で、眼下に天竜川、西方に中央アルプスを望む高台にあります。境内には約5万本が植わり、真っ赤な花が秋の訪れを告げています。

「彼岸」は梵語の「波羅密多」の訳語で、彼方にある理想の世s界、あるいは悟りの境界に行きつくのが「波羅密多」です。彼岸の中日には、太陽が真西に沈む。真西には阿弥陀の浄土があるという信仰から、死者の霊が無事浄土に行きつけるように祈りをささげる。

海の彼方、彼岸こそ理想の世界があるという信仰は、わたしたちの血に溶け込んでいるような気がする。詩人大江光雄が「南方への思念(おもい)のながき 祈りにもにたるこのねがひ」と歌っているように南の海の果てに理想郷を求める気持ちにもなる。

現世を仮の宿と思う習性も日本人の彼岸観に根差したものだろうか。

彼岸が近づくと、彼岸花の茎がすくっと伸びて花を付け始める。
人里の道端、畑の付近やお墓地などに群生しているが、以前はお墓によく見かけた。
別名「曼殊沙華」ともいう。子供の頃は大人から、この花に触ると「耳垂れ」になるとよくいわれた。

有毒植物のため、田圃や畑の土手に植え、ネズミが穴を掘り水田の水が漏れるのを防いだ、生活の知恵だったのだろう。

また別名の「リコリス」(Lycoris)は、ギリシャ神話の海の女神「Lycoris」のなまえから採ったもので、花がとても美しいいことからついた。日本名の名は秋のお彼岸頃開花するところからついた。


花言葉は「情熱」「独立「悲しい思い出」など。

夏目漱石

 曼殊沙華あつけからんと道の端



森の人
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