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2018年09月02日18:36

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那須・・・

 昨夜のNHK総合のブラタモリで、那須地方が取り上げられていました。
 ご覧になった方もいらっしゃるかと思います。
 僕は、近々、また那須に行く予定もあるので、
 一緒に行く人などに、良ければ見るようにと連絡をしておきました。
 ところが、昨日、長男が急遽帰って来る事になり、飲みに行こうと言うので、
 触れ回ったのに僕が見られないかと、チョッと心配になりましたが、
 長男が帰って来たのが午後8時過ぎだったので、ほとんど見る事が出来ました。

 昨夜の放送のポイントは2点で、
 1つは明治時代の那須野が原開拓に、
 明治政府の華族たちが大きな役割を果たした点と、
 もう1点が戦後、観光牧場が那須から始まった事でした。

 那須野が原開拓については、今年の5月に、
 「明治貴族が描いた未来〜那須野が原開拓浪漫譚〜」のストーリーで、
 日本遺産に登録になった際、その関係で日記に書きました。
 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1966747391&owner_id=1417947
 昨夜の放送で、別邸が紹介された松方正義をはじめ、多くの華族たちが農場を開きました。

 松方正義の別邸は、
 1904年(明治37年)に、当時の皇太子(後の大正天皇)が訪れた際、
 折からの日露戦争で遼陽が陥落したとの報が届き、
 一同で万歳をしたことから「万歳閣」とも呼ばれています。
 正義は非常に子沢山(13男11女の24人という)で、
 ある日、明治天皇から何人子供がいるのかと尋ねられたが咄嗟に思い出せず、
 「後日調査の上、御報告申し上げます」と奏上したとのエピソードがあります。
 松方正義の息子の1人が、松方幸次郎です。
 川崎造船の社長などを務めましたが、美術品の収集家として有名な人で、
 彼の集めたコレクションが母体となって、東京上野の国立西洋美術館になっています。
 西洋美術館は、コルビジェが設計したので、世界遺産になっています。

 昨夜の放送では、那須野が原開拓に大きな力となった那須疏水について、
 農場を持つ華族たちが、政府に働きかけを行ったとの話がありましたが、
 これはどうかなぁ?と思っています。
 印南丈作や矢板武などの地元の有力者たちの運動の成果だったような気がします。
 那須疏水は、福島県の安積疏水、京都府の琵琶湖疏水とともに、
 日本の3大疏水と言われています。
 出来た順番は、安積疏水、那須疏水、琵琶湖疏水です。
 安積疏水の開削は、1878年(明治12年)に始まり、3年で完成しています。
 当時多かった不平士族たちへの対策として進められたもので、
 全国各地から士族たちが入植し、疏水の完成後には広大な水田が出来上がりました。
 これに対し、那須疏水の完成後も水田が出来ず、
 資本力の必要な大農場方式で行わざるを得なかったように思っています。

 昨晩の放送で、水無川の蛇尾川(さびがわ)の下を那須疏水が流れている話がありました。
 これは間違いないのですが、トンネルを掘って水路を通したように感じました。
 実際の工事は、蛇尾川に深い堀を掘ってその上に石を載せ、最後に埋め戻しています。
 そして、サイフォンの原理を使って水を通しています。
 ご記憶の方もいるかと思いますが、
 四角い枡形から水が溢れている場面がありましたが、あれがサイフォンの出口です。
 これは説明して欲しかったような気がします。

 以上、昨夜の放送を見ていない方には、分かりづらくて申し訳ないですが、
 ちょっと補足してみました。


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