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2018年08月28日02:14

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8月27日

 急にお腹が差し込んできて、にっちもさっちもいかなくなった。ひたいに油汗がにじみ、息づかいは動物的な荒々しさを孕んだ。なんだか心細くなってきて左手で右手をつよく握りしめた。最悪の結末が頭のかたすみにちらつくのを首を振って払うと、その振動でまたひとつ窮地に追い込まれる。
 とあるレジャーランドにぼくはいた。長い長い滑り台へ向かう階段の中腹あたり。ひとりひとり間隔をあけて滑るものだから、列はなかなか進んでいかない。上を見上げると、子どもがぎっしりと綿密に連なっているのが見え、ぼくはますます切迫した。
 鉄柵の隙間から見下ろしてくるひとりの少年がいた。小太りで、首回りがけっこうある。ぼくの身体的な異変に勘づいているのかなんなのか、静かに視線をむけてくる。とくに表情というのはない。たまに吹きわたる風が前髪を揺らすだけだ。どこか機械的で冷たい目だった。彼は、ぼくの行動を記録するために誰かが備え付けたレコーダーなのかもしれない。そのまっすぐな視線を受けていると気が狂いそうになった。いっそのことすべて漏らしてしまおうかとも思ったくらいだ。
 我が子に顔が青いことを指摘されながらも、あと数人のところまでやって来た。もう少しで便所まで滑り降りていくことができる。生半可な安堵は危険だとわかってはいるけれど、すぐそこにある出口の光を慈しまないわけにはいかなかった。
 でもしかし、そこで滑り台を仕切っている係員が、また別の係員と交替をするという場面があった。どちらもよく日焼けをした老人だった。彼らは短く会話をかわした。「交替するよ。少し休んでおいで」「ありがとうございます。15分くらい大丈夫ですか」「いや10分にしてくれないか」「はい、わかりました」。
 その他愛のない会話は、なぜかぼくの理性のひもをプツンと切断し、これまで堪えてきたものが途端に緩むにいたった。危ない!ぼくは目を見開き、なんとか力を入れ直す。しかしそのわずかな隙に、汚泥は驚くほど押し寄せてきていた。ぼくは冷や汗をかき、うち震え、鉄柱を拳でたたいて舌打ちを連発した。算段が狂って余裕が少しもなくなった。むしろ少しだけ漏れ出てしまったかもしれない。
 我が子の番が来てスタートを切った。そしてぼくも老人の合図を待たずにその後に続いた。背後で老人の「あ」と言う声が聞こえた。ルールを破ったぼくはを胸のところでバッテンにした正しい姿勢で滑った。すぐにも我が子に追い付いて、ぼくたちはドッキングした。とてもとても長い滑り台だった。ぼくは、幼少期に自分だけうまく竹トンボが飛ばせなかった場面を、なぜか思い出した。瞬間的に、そのときの笑い声や風の匂いもよみがえった。でも、それは跡形もなく、役目を果たしたみたいにすぐに消えてしまった。よく意味がわからなかったけど、とにかくぼくは便所へ向かって降下した。
 
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