愛媛県が5月21日午後、加計学園問題について新たな文書を公表しました。
この文書には、2015年2月25日に、
加計学園の加計理事長が安倍総理と15分程度面談し、
獣医学部新設を説明したとの事が記載されていました。
安倍総理は、これまで国会の答弁などで、
加計学園の獣医学部新設の意図について、
2017年1月20日の国家戦略特区諮問会議まで知らなかったと繰り返し述べて来ました。
今日午後の衆院厚生労働委員会で、
立憲民主党の長妻昭代表代行の質問に対し、
2015年2月前後に加計理事長と電話したかどうかについて、
3年前のことなのでわからないと述べるとともに、
改めて、加計理事長との面会を否定し、その根拠として、
マスコミの首相動静などにも載っていないと説明しました。
相変わらず、証拠がないから言い逃れようとしているように感じていますが、
この答弁を聞いて、
1国の総理大臣の行動が、マスコミの首相動静で確認する以外
方法がないのかと気になりました。
首相動静は、日本の主要な新聞に掲載されている、総理大臣の行動記録です。
総理大臣の番記者が官邸内部に張り付いていて、
来客があると、その用向きなどを直接訊ねて記録するものです。
僕も、昔の総理官邸に上司と入った事がありますが、
用事が終わって出て来た時に、上司が質問されたのを聞いていた事があります。
総理大臣の行動は、日本の歴史になって行くものです。
内政や外交を問わず、記録を残しておくことは、後世の国民への義務のような気がします。
官邸の入邸記録も破棄されているとの事ですが、
何故破棄しなくてはならないのか、その理由が分かりません。
残しておくとヤバいからなのでしょうか?
ヤバい事の方が、
やがて平成時代の日本の歴史を研究する際には貴重な記録になると思うのですが。
今回の森友・加計問題では、公文書の在り方が大きく問われています。
破棄したと国会で答弁していた公文書が出て来たりしていますが、
現在のデジタル化の社会では、
残しておいたら膨大な量になってしまうとの一昔前の議論は成り立ちません。
保存年限を定めていたのは、こうした物理的な問題のあった時代の話であり、
現代では、残しておいても不都合はないと思います。
公的な文書は、メモなども含めて
全て残しておく事が検討されても良いような気がします。
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