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2017年10月14日05:40

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朗読台本を作成しました!「きっとだいじょうぶ。」




「きっとだいじょうぶ。」





※  金銭が絡まなければ使用自由。
大幅な改変等はツイッター @annawtbpollylaまで要許可申請。

自作発言は厳禁です。 ※





【人物説明】

三好 あい : 愛情に飢えた青年。

八坂 えん : 愛情に飢えた青年。



【所要時間】

15分程度。



【本編】

 今からするのはいつの時代、どこで起きたお話なのかは知りません。もしかしたら作り話かも知れません。でも、知って欲しいお話です。



 とあるところに、2人の青年が居ました。彼らは同じ勤務先の同じ部署で働いています。…2人の青年は、お互いに会話を交わした事は殆どなく、お互いに相手の事をそこまできちんとは知っていませんでした。



 そのうち1人の名前は三好 あい(みよし あい。)。もう1人の名前は八坂 えん(やさか えん。)。



 『あい』は、同じ部署の同僚のお誕生日にお祝いのお手紙と贈り物を渡したり、周りの人の失敗の後処理を率先して手伝ったり、打ち上げの飲み会の中で酔い過ぎて気分が悪くなった人のお世話を自ら買って出ていたりする人物です。それ故、仕事の上において特別抜き出た能力等はあまりありませんでしたが、それでも皆の人気者でした。



 『えん』はそんな『あい』とは対照的に、挨拶と事務連絡や確認作業等、必要の範囲でしか周りと交流を持とうとせず、また自らが何か大きな負担を強いられる場面においては必ず相応の見返りをその場で要求する等していたため、周りから好かれないでいました。しかし『えん』は、それでも周りを納得させるだけの仕事上の優れた能力を持っていたため、どんなに嫌いでも周りは『えん』を認めざるを得ませんでした。





 そんな『えん』にも、大切に思っている人が居ました。その人は『えん』が祖父に会いに老人ホームへ行った際知り合った高齢者で、『えん』は良くその高齢者に悩み等の話をしていました。



 その高齢者の死去の後(のち。)、『えん』は関係者からその高齢者が生前執筆していたノート50冊を受け取りました。関係者曰く、その高齢者は生前から、自分の死後、このノートは全て『えん』に渡して欲しいと語っていたそうです。





 『えん』はその高齢者の事を今でも大切に思っていると同時に、そのノート50冊を形見のように思い、大切にしていました。紛失や汚損等の防止のため、著作権法に抵触するかも知れないと思いつつも、そのノートに記載されている内容は全て打ち直し、文書データ化しました。そしてそれは『えん』がいつも持ち歩く携帯媒体や記憶ディスク等の中に複数保存され、ノート原本はそれと別に、『えん』の家の押し入れの中に大切に保管されています。





 『えん』は、その高齢者の事を誰にも話した事がありません。大切だからこそ、それを大切にしないかも知れない人には、その人の事を話したくなかったのです。







 さて、職場ではよく『えん』の同僚達が『えん』の居ない間に愚痴を零していました。この日のその内容は、次の飲み会を欠席しようとしている事についてです。彼らとしては、飲み会に参加したくないのは自分も同じだが自分も我慢して出席するのだから『えん』も我慢して出席すべきだというものです。



 この職場においてこうした光景は珍しくありません。彼らからすれば『えん』はその能力の高さにより蔑ろにできないものの、決して良い気のする相手ではないのです。



 しかしながら、そうした光景を見る度に、『あい』は胸を痛めていました。それは単純に、『あい』が誰かの悪意や敵意といったものが好きではなかったからというものもありましたが、それだけではありませんでした。



 『あい』もまた、『えん』とは仕事上の必要の範囲内でしか話をした事はありませんでしたし、彼の仏頂面以外の表情を見た事すらありませんでしたが、『あい』は『えん』の中に自分にはない強さを見ていて、そこに憧れを抱いていたため余計と胸が痛くなっていたのです。



 当の『えん』は、自分が高い頻度で悪く言われている事は知っていましたが、その事について特に何も感じず、まあ自分の行いを振り返ってみればそれは当たり前だろう。という程度に思っていました。『えん』は、とっくの昔に愛情を求める事を辞め、愛情を貰う事を諦めていたからです。





 そんなある日、『あい』は仕事において大きな失敗をした後輩のため、その後輩とともに職場に残り、後処理をしていました。その日から日付が更新されてしばらくした時、『あい』は倒れましたが、それは決してその後輩だけのせいという事ではありません。



 『あい』はその日よりも前からずっと、まだ大丈夫。まだ何とかいける。自分が少し無理をするだけでこの人を助けられる。そんな風に無茶を重ね続けていたのが偶然、その時、ある一線を越えてしまっただけの事でした。





 『えん』は『あい』の事がよく分からないでいました。『えん』も昔は、よく愛情を求め、愛情を貰う為に自分から周りに愛情を配っていましたが、それに対して得られたものは自分への愛情ではなく、自分の行為への愛情だけでした。その事実に何度も直面するうちに『えん』は次第に疲れていき、そして、愛情が無くても生きていける方法を考え実践する事に努力を注ぐようになっていました。



 人は一人では生きていく事ができない。しかし自分は愛情を諦めたために、愛情から周りに手を貸して貰う事はできない。それならば、価値のある人物になれば良い。誰にも負けない程の技能を持っていれば誰からも愛情が貰えなくても、周りと利用し合う事で生きていく事ができる。そうして生きてきた『えん』は、自分が『あい』に対してどう思っているのか、よく分からないでいました。





 『あい』が倒れた後、『あい』の病室にお見舞いに行ったのは『あい』の両親だけでした。





 『あい』が退院後職場に戻ると皆が口々に、心配していた。君が居ないとみんな元気がなかった。等と競い合うように言い、『あい』はそれに対しまるで嬉しいとでも言いたげな態度で接しました。





 『えん』はその様子を、じっと眺めていました。





 その後数週間が過ぎ、『あい』がまた別の後輩の失敗の後処理のため職場に残って一人で作業をしていると、職場に『えん』がやってきました。様子を見に戻るために、わざと職場に忘れ物を残していたのです。



 その時『えん』が、また倒れたらいけないから。と言い、次の飲み会の欠席届を受理しない上司に対し一緒に説得して貰う事と引き換えに、その仕事を手伝う事を提案すると、『あい』はとても嬉しそうにし、お礼を言い、その提案を承諾しました。



 『えん』が手伝うと、ほどなくしてその仕事は終わりました。『あい』は再び嬉しそうにお礼を言いましたが、『えん』はそのお礼に対し、無性に罪悪感に似た気持ちを覚えました。



 『あい』はその帰り、駅までの道のりの中で『えん』に思い切って話しかけました。自分は弱い人間なのだと。『えん』はその言葉に対し、やっぱりこの人はそう思っていたのか。という感想を抱きながら、なぜそう思うのかと聞きました。



 『あい』は自分がとにかく周りから認められて、周りから愛情を注いで貰いたくて、そうでなければ不安で不安でたまらなくて、だから愛情を貰うために必死に愛情を配って回っているという事を話しました。『えん』はそれに対し、自分が思っていた事を言いました。その内容は、きっと少なくとも職場の皆は『あい』に対して愛情など何も持っていないというものでした。





 『あい』は勿論、職場の皆が自分に愛情を持っていない事などとっくの昔から知っていましたが、それでもやはり他者から指摘されるとつらいものがあり、落ち込みました。やはり見返りを求めて愛情を配る事それ自体が間違っているのだろうかと、消えそうな声で呟きました。



 それに対し、『えん』は続けて言いました。そういったものを求める事を諦めた自分からすると、そんなに苦しみを抱えながらそれでも求める事を諦めないでいる姿も、それはそれで素敵なものであると。更に加えて、もし諦めてもそれまで求めてきた事実はきっと心の財産として残ると。



 本当はそこまでしか言うつもりはありませんでしたが、苦しそうな笑顔を見せる『あい』に『えん』はいたたまれず、言うつもりの無かったことも言うことにしました。



 自分の知り合いにもそういう人が居たが、そこに真摯さがありさえすれば見返りを求めて愛情を配る事は何も悪い事ではない。そして、諦めた自分とは違って、諦めていない『あい』に対して愛情が注がれないのはただ単に薄情な人間ばかりいる環境に置かれているからというだけであって、そうでない人間と知り合いさえすればすぐにでも愛情が注いで貰えるだろうと。



 それを言った後『えん』は後悔しそうになりましたが、すぐにそんな後悔はしなくて良いのだと思い直しました。



 それを聞いた後『あい』は顔を上げ、『えん』の方を見ました。すると、『えん』の…初めて見る、いつもの仏頂面以外の表情…すごく…いえ。とても。とても気恥ずかしそうな表情が目に映りました。




 その後しばらく二人の耳には近くを通りかかる車の音ばかりが聞こえましたが、もうすぐ駅に着くというところで『あい』が『えん』の袖を引っ張って言いました。







「本当だね。」







 その表情は、嬉しさに満ち溢れた笑みでした。




―完―
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