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2017年08月13日19:25

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一人用朗読台本を作成しました!「なんかうれしくって。」

1人用朗読台本「なんかうれしくって。」




※  金銭が絡まなければ使用自由。
大幅な改変等はツイッター @annawtbpollylaまで要許可申請。

自作発言は厳禁です。 ※




想定時間

22〜25分程度。



あらすじ

大学受験を控えた高校二年生の花守 水限(はなもり みぎり)が、様々な感情が頭の中で渦巻く中、勉強を頑張るお話。





本編

 とある郊外に大手学習塾がありました。国内で一番偏差値の高い大学への合格者も多く出している事から、この地域の中ではとても教育水準が高いことで有名です。この塾は各生徒の大雑把な進路別にコ−スを分けた後、その中で学力別に甲乙丙丁(こうおつへいちょう)の組に分けた上で、組別におよそひと月に一度、総合模試を実施してその結果を廊下に貼り出すことによって競争心を煽るという試みをしています。

 この塾に通う花守 水限(はなもり みぎり)。彼は高校二年生で、勉強など大嫌いですが中学二年生の頃からこの塾に通い、今ではとあるコースの一番上の甲(こう)組に所属し、その中でも上から4番目という成績を4回連続で出している優秀な生徒です。

 ある梅雨の日、その日も先日行われた試験の結果が廊下に貼り出されていました。自分自身の点数や偏差値等の詳細な情報は後々データで送られる手筈になっていますが、他の子との比較がしたい、そしていち早く結果を知りたいという理由から水限は貼り出されるとすぐにその結果を見ました。

 水限はその結果を見て、がっかりする思いとともに、安堵…そして、ひどい空しさを覚えました。水限は今回もまた、4位という成績でした。この塾の一番成績上位の者の組での4位。志望校である、国内で一番偏差値の高い大学にもどうにか行けるかも知れないと塾講師達にも期待されるほどに優秀でしたが、水限はそれを喜ぶ事はできませんでした。

 自分より上に沼津(ぬまづ)、羽黒(はぐろ)、剛力(ごうりき)の3人が居て、その3人は自分の事など眼中にないという事の方が、他の生徒達より順位が上であるという事よりも気持ちとして優先されてしまっているのです。それだけ水限にとってこの3人に勝つという事は凄く大きな事であり、それを成し遂げられればきっと現実が変わる。そんな幻想を抱いていましたが、反面、そんなものは幻想であるという事が分かってしまうだけの冷静さも持ってしまっているのが水限なのです。

 そして、同じ組の生徒達の「俺今回も5位だったわ」「俺達にとっては5位が実質1位みたいなもんだよな」という的外れな会話がより水限を苛つかせ、さらには、ひどくみじめにさせました。いくら『上位4人』としてまとめて扱われても、その中で自分だけが残り3人の誰にも一度も勝った事が無く、また、たびたびその少し下の順位の常連生徒達に抜かれそうになっている。その事を最もよく知っているのがこの水限でした。

 水限は思いました。ふざけやがって。なんでこの俺が。俺はあの3人と同じ側の人間の筈だ。なのになんであの3人を一度も抜かせないで、あんな奴らの影に怯えないといけないんだ。水限はそんな思いから、自習室での自習を終えた後、帰りの電車の中でも勉強を続けましたが、やはり電車内では周りの話し声に苛つくばかりであまり頭に入りませんでした。そんな自分の集中力の無さに余計と苛立ちを募らせました。



 そうして日々が過ぎ、7月のある日。その日もまた、水限は誰より先に結果の貼り出しを見に行きました。すると…。「は?」と小さく声が漏れました。水限は5位に落ちていました。代わりに4位になっていたのは前回1位の沼津(ぬまづ)、当然水限が何をしても一度も順位で抜かせなかった3人の生徒のうち1人で、また沼津を抜いて3位となっていたのが、生きるに徒歩の徒(と)、そして世界の世(せ)という字を書く、見慣れない名前の生徒でした。

 その生徒の事を塾講師に聞いたところ、どうやらその生徒の苗字は「いくとせ」と読み、夏期講習をきっかけに新しく塾に入った生徒達のうち1人とのことでした。自分がどれ程苦痛に苛まれ(さいなまれ)ながら勉強をし続けても全く太刀打ちできなかった3人のうち1人を新参の生徒があっさり抜いてしまったことに対し、水限の感情は更にかき乱されることとなりました。生徒世(いくとせ)の下の名前の一部と自分の苗字の一部に同じ漢字が使われている事も、普段であれば特に何も思うところではない筈であろうにも関わらず、水限を普通で居られなくする一つの要素となっていました。

 その後も季節が過ぎ行きその間総合模試が何度も行われましたが、上位4人は変動するものの、水限はどうしても5位より上には行けません。そんな状況が続き、水限の劣等感は更に大きく、醜いものとなっていきました。その劣等感も加わり、勉強が辛い。勉強なんてしたくない。そういった気持ちは増すばかりでした。それでも勉強するために水限は、前にも増して勉強をしない他の生徒達を強く激しく、心の中で見下すようになりました。



 勿論それが間違っている事は分かっていましたが、それでも、水限はそうしなければ足が止まってしまうと考えていました。
 


 しかし、そんな考えにとって邪魔な存在が居ました。そう、他ならぬ、生徒世です。自分より上位に居る4人のうち3人。沼津(ぬまづ)、羽黒(はぐろ)、剛力(ごうりき)の言動には、多かれ少なかれ水限を含めた自分より勉強ができない人間を見下した部分がありました。ですが生徒世は「勉強ができない」「勉強をしない」という事を理由に他者を見下した様子は特に見られず、周りから慕われ、また、より勉強が忙しい時期においてでも率先して他の生徒達や塾講師の手伝い等をする姿も見られ…そうした言動は水限にとって、何より認識したくないものでした。



 そんなある時、不意に上位4人のうち1人、剛力(ごうりき)が成績を落としました。長い受験勉強生活の中で精神的に疲弊し、体調を崩した事が主な理由でしょう。水限は4位の成績を取り、その呆気なさにどこか空しさも感じましたが、とにかく喜ぶ事にしました。そして、水限は剛力の事を「所詮途中で脱落する程度の奴は大した事がないのだ。」と見下しました。この時の水限はとても良い気分でした。自分の事を見下していた人間を、自分が見下されていたのと同じ理由で見下し返す事ができたのですから。剛力の事を心配する生徒世の姿はその気分の良さを阻害する情報として、視界に映ったもののすぐに忘れる事にしました。

 その日の夜、水限は両親に初めて剛力に成績で勝った報告をしましたが、両親は水限の望むような反応はしませんでした。相手の自滅であり自分の偏差値が極端に上がったわけでもなければ最高順位を更新したわけでもないから仕方ない。そんな風に、水限はしぶしぶ受け入れる事にしました。



 勿論それが間違っている事は分かっていましたが、それでも、水限はそうしなければ足が止まってしまうと考えていました。



 剛力はその後も何とか塾には来続けましたが、気力が底を突きかけながらもどうにか来続けられただけで、もはや水限にとって何の脅威でもなくなりました。そんな中での生徒世の彼への対応は、やはり水限の楽しい気持ちに水を差すものでしたので、水限はその都度、見たものを忘れることとしていました。



 勿論それが間違っている事は分かっていましたが、それでも、水限はそうしなければ足が止まってしまうと考えていました。

 

 そうしているうちに気づくと1月の半ばになっていました。3年生に上がる際に更にコースが細分化される事に伴い、その時点における成績上位3人のうち沼津(ぬまづ)と生徒世は別のコースに行ってしまうため、水限は焦りを感じていました。結局勝てないまま終わってしまうと、今後何をしてもその事が理由で自分の望みは叶えられないと思ったからです。

 ですので、自分を鼓舞する為、その3人の中で一番話しかけやすそうな印象を持っていた生徒世に対し水限は言いました。コースが分かれる前にあと2回総合模試がある。絶対コースが分かれる前に抜かす。と。すると生徒世は何やら少し考え込んだ後、その勝負の申し出を受けるような発言を返しました。

 その日の帰り、駅のホームで電車を待ちながら勉強していると、とあるスポーツ選手の事を話しているサラリーマン2人が後ろに並びました。そのスポーツ選手は、当該(とうがい)競技においてこの国の選手としては明らかに突出した実力を誇り、その実力から、勉強ばかりでスポーツニュースは見なくなった水限ですら知っているように、とても高い人気を持っていましたが、サラリーマン2人はとてもそんな選手の事を語っているとは思えない口ぶりでした。

 もうあの選手はダメだ。伸びしろが無いですよ。結局どんなに頑張っても世界1位にはなれない。最近では順位を落とし始めていますよね。他の若い選手で期待できる奴は居ないのか。何人か有望なのが出始めてるらしいですよ。じゃあそっちに期待だな。

 水限は電車に乗りながら、その選手の事を可能な限り思い出していました。世界97位…10年以上ぶりの100位以内。世界45位…この国出身選手として歴代最高順位。世界30位…突然変異。世界15位…トップをも狙える空前絶後の逸材。世界6位…次世代の王者。世界8位…初めて壁にぶつかった天才。世界12位…ガラスの天才。世界5位…完全復活を遂げた絶対エース。世界10位…。

 たしか、何かの拍子で聞いた。去年の年末時点での最終世界ランキングは9位。所詮、道具。自分と同じカテゴリーに属する存在が凄い事をしていると、自分まで凄くなったかのような気になる。そんな風に、何の努力もせずに自尊心を満足させる。その為の、ただの道具。…あのサラリーマンにとっての、あの選手はきっとそうなのだろう。自分に「世界1位と同じ国の出の者」なんていう肩書を着けたかったのに、それが中々叶わなかったために勝手に落胆して、勝手に。そうして使い捨てて次の道具を探す。



 そうなんだ。分かっている。

 世の中にそういう人間は、どうしようもなく存在する。そして、自分の親は。

 そうなんだ。とっくに分かっていた。



 水限は既に乗り過ごしている事に気づきながら、電車から降りる気がしませんでした。世界の頂点付近で戦うあの選手ですら。だったら自分は何だ?自分に、アクセサリーとしてどの程度の価値があるんだ。そんな事を考えると、その場から動く事ができませんでした。



 水限はどうにか昔の事を思い出そうとしましたが、記憶が霞んで中々鮮明には思い出せません。中学1年生の頃、気まぐれから友達と勉強の成績で勝負しようなどという話になり、記憶にある限り生まれて初めて自発的に勉強をして、その結果…初めてその友達より上の成績を取り、そして…確かにあの時、両親は笑ってくれたし、褒めてくれた。その事は覚えていましたが、どんな風に笑って、どんな風に褒めてくれたかは思い出せません。

 少なくとも、高い金を出してやってるんだからちゃんと結果を出せ。期待してやってるんだからそれに応えろ。お前本当にちゃんと勉強してるのか。他の子達はもっとほとんど寝ないで勉強してるんじゃないのか。そんなのでは無かった。そんなのでは無かった…と、思いつつ、それが本当なのか、ただの願望なのか、水限には分かりませんでした。

 そして水限自身も。

 少なくとも、誰かを見下す事で無理やり気力を振り絞って、自分の愚かさから逃げて、そんなのでは無かった。そんなのでは無かった…それもまた、本当なのか、ただの願望なのか、水限には分かりませんでした。



 しかし、それでも水限は止まりませんでした。負の感情はその一番の発生原因を素通りして他の人間を心の中で見下す事で発散して何とかやり過ごし…コースの細分化前に行われる総合模試、その最後の2回。うち1回目が行われました。その結果は。

 思わず「え?」と声が漏れました。1位の沼津(ぬまづ)、2位の羽黒(はぐろ)に続いて…そして、4位の生徒世を抜いて、水限が3位になっていたのです。

 ふと、水限が周りを見渡すと、他の生徒から「相変わらず凄いね」などと言われている生徒世が居ました。話しかけると生徒世は何やら悔しそうにしていましたが、次は抜き返すと言い放ち、笑顔を見せました。水限はそれを見て、ひどく動揺しました。

 水限は、自分が今どんな感情を抱いているのかが自分でも分かりませんでした。しかし、その夜、生徒世を抜いた事について父親が「あの子も、あんな程度の大学を目標にしてるから鈍った(なまった)んだ。」と発言した時、少しだけ自分の気持ちが分かった気がしました。

 

 水限は思い出しました。中学一年生の頃に友達とテストの結果で勝負した際、その友達は本当に一生懸命に勉強していましたが、自分はそこまで本腰を入れて勉強してはおらず、それにも関わらず勝ってしまい、挙句、その成績を見て親が嬉しそうにしていた事が…凄く苦しかったのです。



 本当は大して努力してなんていなかったのに、それに見合わない結果を享受して。悔しがる友達にも、喜ぶ親にも、胸が張れなかった。



 良い結果と、それに対して胸を張れるだけの過程。その2つを揃えたかった。それなのに水限はいつの間にか自分から胸を張れない過程を進み、2つが揃う未来が訪れる可能性を最初から捨ててしまっていたのです。



 生徒世はその塾において、組の中で1番の成績を取った事は2度しか無く、恐らく総合的には羽黒(はぐろ)が1番安定している事でしょう。

 しかし、水限は思いました。きっと生徒世と競い合う方が、羽黒を抜くよりも心を満たすものであると。そして、それができるのはコースが細分化される前の今しか無いと。

 

 水限はそれからというもの、以前と比べて明らかに勉強が手に付かなくなりました。勉強への苦しみを他者を見下す事で誤魔化して無理やり進んで行くという事ができなくなってしまったからです。勉強の質も落ち、量も減り、苦しみに苛(さいな)まれ何もできない時間が増えました。



 それでも、どうにか最後の総合模試当日までの間に質、量ともに少しずつ上げる事はでき、当日には「やれる限りの事はした」と思えるに至りました。勿論100点満点で採点をすれば80点にも満たない程度の勉強の質と量しかなく、準備が万全だったとは言えませんでしたが、この時の水限は、それでも今の自分なりに精一杯頑張ったんだと胸が張れたのです。



 結果は生徒世が1位、水限が8位でしたが、水限は生徒世が見せた笑顔に対して、今度は目を背けないでいられました。

 

 水限はその日、帰った後また親と言い合いになるであろう事に憂鬱を感じながら、自習室での自習を終え帰ろうとした時、改めて貼り出された成績表を見ました。

 そして、生徒世の下の名前の一部と自分の苗字の一部に同じ『花』という漢字が使われている事に対して…なぜかは分からなかったものの、思わず笑みを零したのでした。



完。
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