燃える闘魂こと、アントニオ猪木が引退する際、「道」という詩を読みました。
「この道を行けばどうなるものか。
あやぶむなかれ。
歩まずば道は無し。
踏み出せばそのひと足が道となり、そのひと足が道となる。
迷わずいけよ、いけばわかる。」
近所ならともかく、地図を見ると大きな分かり易い道ばかりに目がいってしまうものですが、それ以外の小さな道でも、中には思いがけず繋がっている事も多いもの。
東船橋駅から歩いて帰宅する事が増えて以来、地図を見ながら「今度はこちら側から行ってみよう」といった感じに、色々なルートを試しています。
最初に地図で見つけたルートは、偶々谷筋をぬうルートで、アップダウンは東船橋周辺と拙宅周辺にしか有りませんでした。
このルートを歩いていると、左右から坂や階段が下りてきており、この向こうはどうなっているんだろう?とよく思っておりました。
そこで、またまた地図を見て検討。
船橋市のこの辺り、地名で言うと中野木とか駿河台の辺りは、低地に台地が入り組んでおり、高低差は小さいながら、起伏がちょこちょこと有るのです。
今まではその谷を歩いていた訳ですが、昨晩は総武線側から台地越えルートを歩いてみました。
東船橋駅から総武線に沿って歩きます。
跨線橋が2つ有りますが、歩行者用トンネルをくぐり、北へ向きを変えると、谷へ下ります。
真っ直ぐ進むとすぐに台地へ登りますが、谷筋を右へ向かいました。
拙宅から5kmくらいだと思いますが、この辺りに来たのは初めて。
暗くてよく分かりませんが、水田が有るのでしょうか。
かえるの歌が輪唱で聴こえています。
中には昭和の前半から存在しているような建物も…
坂や台地の上は新しい家々が並んでいますが、この谷は昔から集落が有ったという事でしょうか。
頭上に、良い感じの月をいただいています。
この先で左折し、台地へ登ります。
登りきった場所の五叉路を北東に向かうと、やがて台地の縁となり、階段で谷へ下ります。
この階段は、いつも歩いている谷筋の道からいつも見えていた階段です。
いつもの道を横切り、この先も新たなルートへ。
案内看板でその名前は見ていたものの、実際に見た事は無い千葉病院西側の谷です。
東側の谷は何度も歩いていますが、ここも初めてでした。
またも台地へ登り、また下り。
この先からお馴染みの道を歩きました。
このお馴染みの道も、成田街道まで登り、渡ってまた下り、拙宅まではまた登る…
平べったい印象の船橋市ですが、意外に起伏が多いという事を、改めて感じました。
それはそうと…
そろそろ歩くばかりでなく、東船橋駅からプチ帰宅ラン始めてみようと思いますd(⌒ー⌒)!
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