昨年末ですが、船橋駅から津田沼まで歩いた事が有りました。
本町通りを東に向かうと、京成の高架手前で海老川を橋で渡ります。
かつて、この海老川を渡る為、舟をつないで橋とした事に因んで、この辺りを船橋と呼ぶようになったと言われています。
つまり、この海老川こそ船橋のルーツと言っても良いでしょう。
源流(御滝不動)から河口(船橋港)まで船橋市内に有るくらいですから、それほど大きな川ではありませんが…
この時、ふと思い付いて、千葉街道まで川沿いを歩いてみました。
本町通りや千葉街道は、明るく交通量も多いですが、この川沿いの道は暗く、人っこ一人見当たりません。
しかし、なかなか良い雰囲気…
やるじゃん船橋!
この後は千葉街道を津田沼へ向かったのですが、津田沼へ向かわずに千葉街道を渡った南側辺りには、昭和初期から10年ほど前まで三田浜楽園という施設が有りました。
割烹旅館や遊園地などが有り、かの川端康成もここに滞在し小説を書いていたとか。
私も高三の夏、船橋予備校夏期講習の場として利用した事が有ります。
そう言えば、市内には太宰治が住んでいた事も有ったよう。
さて
そんな文化的な船橋、道路整備がダメダメであるなど住み難い点も有りますが、物心ついて以来、前職時代を除いてずっと住んでおり、大好きな場所です。
先だって、「船橋市の昭和」という写真集が発売されていた為、つい買ってしまいました。
正直、昭和40年生まれの私も知らない場所が殆どです。
例えば市内の繁華街と言えば、船橋駅周辺と津田沼駅(船橋市と習志野市の境界に有る)周辺、ららぽーとなどが有る南船橋駅周辺ですが、南船橋はずっと新しく、船橋や津田沼に大型店が進出し、今の形に近くなったのは(私の印象では)、船橋東武百貨店や津田沼パルコが出来たくらいから。
年代的には、昭和50年くらいでしょうか。
その前の時代だと、私も親に連れていって貰っていた頃ですから、そんな細かく見覚えが有る訳でも有りません。
しかし津田沼駅北口、現在ロータリーとなっている辺りは吉野屋などの平屋の商店群、ほろ酔い小路の辺りにサンポーという天井の低い大型店が有った事は覚えています。
ちょうど一回り歳上で船橋育ちのモガジイさんは、さすがに見覚え有る場所がたくさん有ったそうです。
私が中学生くらいの頃まで、新京成の踏切(たぶん成田街道との)近くには洋館風の塔を持つ廃屋が有りました。
確か色は白で、当時の私の印象はお化け屋敷でした。
アレは何だったんだろう?
ある時それを思い出したら、気になって仕方有りません。
実は、この本に写真が載っていないかな?と期待したのですが、残念ながらその写真は無し。
モガジイさんはご存じありませんでした。
お正月に実家に行った際、父親に聞いてみると「製粉工場では?」とか。
工場…工場っぼいイメージではないが…
続けて兄に聞いてみると、やはり覚えていました。
アレは兵舎だったのでは?とのこと。
子供の頃、何人かで忍び込んだ事が有るのだとか。
兵舎か!
そう言われてみれば、或いはそうかも!
ログインしてコメントを確認・投稿する