先日、「追憶の銀河鉄道」という舞台を観てきました。
銀河鉄道と言えば、私の世代なら銀河鉄道999や山口百恵「乙女座宮」の歌詞「♪銀河大陸横断鉄道♪」を思い出しますが、それらもこれを抜きに語る事は出来ません。
宮沢賢治「銀河鉄道の夜」
この名前を知らない人はほとんどいないでしょう。
しかし、なんとなくは知っていても、本でしっかりと読んではいない人も少なくないのではないでしょうか。
実は、昨年まで私もそうでした。
この年のさくらんぼ東根マラソン参加の際、金曜夜のうちに東北入りして、土曜日に花巻の賢治記念館などに行ったのですが、この際に購入した本で、初めて通して読んでみたのです。
うぅむ…
意外に長い…
しかも、ストーリー自体は分かりますが、なんだかモヤモヤする…
作者は執筆中に亡くなった為、死後、草稿という形で遺された原稿を纏めたのだそう。
3度に渡って大きく改稿されたようで、現在広く読まれているものは第4稿であり、それまでのものとは全く異なる世界となっているようです。
作者の中でこれが完成形だったのかは分かりませんが…
それにしても、カムパネルラが川で溺れて死ぬ事に、物語上どういう意味が有るのか(これも第4稿からだそう)?
これが最大のモヤモヤでした。
短編小説では全てを明らかにしない事もよく有りますが、この物語はそうした物とは違う気がします。
絵本などでは幻想的な印象が強いかもしれませんが、そればかりでなく、作者の宗教感も反映しているのか、実に難解な物語だと感じました。
そして、今回観劇した「追憶の銀河鉄道」。
舞台は現代の日本、銀河鉄道談義を交わすのを楽しみに、愛好会オフ会に集まった男女。
常連らしい男性女性それぞれ1人以外、男性1人と女性4人は皆初参加です。
会場は廃車となった汽車、まもなく会の主催者である「車掌」が現れ、会の始まりを告げました。
すると、廃車だった筈の汽車が動き出し、サウザンクロス駅を目指して銀河の旅へ出発してしまいました!
この旅は何のために行われているのか?
元の世界に戻れるのか?
やがて「銀河鉄道の夜」と同様、最初の停車駅プリオシン海岸に到着、ここて衝撃的な事が起こります。
次いで、常連と思われた男性が「銀河鉄道の夜」に登場した鳥捕りである事が判明。
「銀河鉄道の夜」と同じ世界を辿っているようで、全く異なる事が起きていきます。
これは、私達が知っている銀河鉄道じゃない!
そして…
なんと言うか…ど真ん中ストライクを決められたような舞台でした。
想像ですが、この劇の作者は、「銀河鉄道の夜」を知り尽くし、その上で、私なんかよりもっともっとモヤモヤを感じていたのではないでしょうか。
そのモヤモヤを治める為に、この話を書いたのかも…そんな気がします。
もう公演は終了してしまいましたが…出来ればまた観たい舞台です!
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